2002年3月1日号
ヨーロッパ・カルト事情(1)

セクト(破壊的カルト)とは何か(第1回)

広岡裕児(国際ジャーナリスト・パリ在住)

 こんにち、フランスがセクト(破壊的カルト)対策の先頭に立っていることはまちがいない。
 そのフランスに住んでいることもあって、日本でセクト問題の関係者とよく話す機会があるが、あまりにも誤解が多いので驚かされる。
 たとえば、一九九六年に日本の衆議院にあたる国民議会特別委員会が報告を発表し(報告担当者の名をとってギヤール報告ともよばれる)、そのなかに一七三の「セクト」のリストがでたが、このリストに出ている団体は活動を規制されるとか、モルモン教やバプテスト教会もリスト・アップされているなどと指摘する人がある。また、昨年六月に成立した一連のセクト対策の法律改正を宗教弾圧の特別立法だと思っている人もいた。
 賛否は別として、ほんらい、もっとも正しい認識をもっていなければならない学者やジャーナリストとて例外ではない。
 もっともこれは誤解した人々だけの罪ではない。
 フランスの名のある社会学者・法学者・宗教学者や宗教家の一部が恣意的にまちがった情報を流している。
 しかも、それが誤報であると識別できるだけの人権や政治、宗教のあり方などの基本的な情報が日本にあまりにも不十分にしか伝わっていない。
 アメリカとヨーロッパでは全然違うのにいまだに「欧米」などと一くくりされている。フランスそのものへの理解にしてもフランス革命から始まって、せいぜいドゴールの一九六〇年代でとまっている。世界は一九六〇年代から劇的に変化した。フランスはその中でもとくに激しく変わった。
 私もなんどか記事を書いたが単発の記事では無理であった。
 こうしている間でも日本ではセクトの被害者は着実に増えている。
 さいわい乙骨さん押木さんのご尽力で場を得たので、これから、じっくりと腰を落ちつけてこの問題について述べてみたい。
 本題に入る前に、用語の問題にひとこと触れておきたい。
 本稿のテーマにはいま一般に日本で通用している言葉としては「破壊的カルト」がふさわしい。しかし、フランスの文献などをもとにするとき「破壊的カルト」と機械的に訳すとしっくり行かないところが出てくる。またアメリカの議論と混同されることも避けたいので「セクト」という語をそのまま使う。
 ちなみに「セクト」は日本では極左政治運動に使われているが、CCMM(マインドコントロール対策資料教育活動センター)の創始者ロジェ・イコールは「トロツキストあるいはマオイストというセクトはスターリン・レーニン宗教から広まった」という。いいえて妙である。

第一章 二つのセクト問題

 1 フランスとアメリカの対立

 一九九九年四月二三日、コソボ独立交渉が決裂しユーゴへの空爆が迫っていたころ。
 パリ・アンバリッドの地下鉄駅の階段を上って、春とは名ばかり、コートが欲しい重い曇り空のもとに出ると、A3大のビラをわたされた。
 正確にはビラではなく「倫理と自由」という刊行物の特別版である。標題の下にはS教会の人権の新聞と書いてある。(紙面に「S……とD……は、RTCの所持する登録商標」とある。訴訟経験豊富なこの団体から無用な訴訟をかけられたくないので伏字とする) 内容は、セクト狩りの面々による二十一世紀の宗教迫害の準備会議が開かれようとしているというもので、すぐ近くの国民議会でこの日開幕したセクト対策の国際シンポジウムを激しく攻撃するものであった。フランス革命のときの「人および市民の権利宣言」の写真が出ていた。(同じく「本号の記事の一部あるいは全体のあらゆる複製は書面によって倫理と自由の許可を得なければならない」とあるため、記事の引用はしない)
 さて、くだんの国際シンポジウムは、フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、英国、ベルギー、スェーデン、ルクセンブルグ、ノルウェー、スイス、オランダ、ハンガリー、ギリシャ、ポーランドのセクト対策市民団体の連合会FECRIS(セクタリズムについての調査資料センター)が主催したもので、会場の国民議会別館のビクトル・ユゴー会議場には、ヨーロッパ以外からのオブザーバーを含めて二五〇名以上の市民運動家、学者、法曹関係者、政治家などが集まった。
 冒頭、国民議会議長ロラン・ファビウスのメッセージが読み上げられた。
 「とりあげられている問題の重要さと参加者の質の高さを思い、私は、民主主義がよく機能するために、人権尊重の中で自由を完全に行使するために本質的に重要な皆さんの作業が成功することを祈る。
 よき会議を、すべての参加者にわが熱烈なる敬意を表す」
 つづいて、首相直属機関のセクト対策関係省庁本部代表アラン・ヴィヴィアンが、
 「フランスはここ一五年にわたってセクト主義の影響について調査し、それらを予防し、それらとたたかってきている。最近ではセクト対策関係省庁本部を設置することによってわが国は強力な政治的決意を表明している」と挨拶。
 同じころ、道を隔てた国民議会本館特別委員会室では「いわゆるセクトというある種の団体の自由を侵害する背理行為についての調査委員会」の国会議員たちが朝一番の証人への質問をしていた。
 日本の委員会の喚問のような大袈裟なものではなく、数人の担当委員と事務局が証人の話を聞きディスカッションする。とはいえ、証人は最初に裁判のときと同じく宣誓をし、偽証は、刑事罰である。
 作業は数か月後『セクトと金銭』報告書として結実した。
 この調査委員会に対してアメリカの「外国における宗教の自由に関する連邦委員会」は「宗教と表明している新しいグループや少数派のグループを対象にしたものである。調査されたグループの大半はいかなる不法行為も行った証拠はない。(……)
 委員会は、国際条約で決められた寛容を奨励するかわりに、月並みな表現を繰り返して国民の不寛容を助長するものである。」と激しく非難した。
 ユーゴ空爆の後処理にパリを訪問したアメリカのマドレーヌ・オールブライト長官は、ベドリーヌ外相に対してフランスでの宗教の自由の侵害について注意をうながした。
 いま「セクト」について、アメリカ政府とフランス政府は真っ向から対立している。(ドイツ・ベルギーもフランス側に立っている)
 これはフランス人とアメリカ人の気質のちがいではない。
 フランス国内でも先に書いたようにアメリカ的見方をして、国民議会や政府、市民団体を激しく攻撃する人がいる。逆にアメリカ国内でもフランス的な運動を続けている人達もいる。
 この対立の原因は、深いところで相異なる二つの「セクト問題」の存在にある。
 第一は「宗教かセクトか」という区分にもとづく宗教問題としての「セクト問題」である。