2002-6-15

創価学会の芸能人・スポーツ選手戦略

スポーツの勝負を信心の勝負に置換
サッカー・野球・相撲・ボクシングと各界に及ぶ学会ネットワーク


山田直樹(雑誌記者)
 

 創価高校野球部が甲子園出場をもぎ取った年、学会本部のお膝元JR信濃町駅ではある異変が起きていた。「祝 甲子園大会出場 創価高校」――筆者のつたない記憶ではそう記された垂れ幕が駅舎の壁に掲げられていた。

 学会本部詣でにやってくる会員へ、サービス精神旺盛なJR側が設置したものだろうが、これには驚いた。創価高校が所在するのは、東京都小平市。信濃町駅とは実質、無関係なのである。
 「あれは何の旗ですか」
 創価高校に限らず、学会員選手が登場、かつ注目度の高いスポーツ試合、大会で決まって打ち振られるのが赤、青、黄をあしらった創価学会三色旗。誰しもあの応援風景に、良くも悪くも注目してしまう。応援パターンについて触れておけば、創価高校の所在地のごくごく近くに朝鮮大学校があり、北朝鮮仕込みのマスゲームを交流して勉強、大胆に取り入れたなる説まであるくらいだ。
 創価学会にとって会員スポーツ選手とは何なのか。一例を挙げよう。今年一月八日、創価学会本部幹部会(東京牧口記念会館)の席上、オリックスの藤井康雄選手は池田大作名誉会長に「バット」を贈った。
 〈これは、昨年九月三十日、プロ野球史上七人目となる『代打満塁サヨナラ本塁打』(通算十四本目の満塁本塁打)を放った際のもの。十四本の『満塁本塁打』は、歴代一位の王選手の十五本に、あと一本と迫る大記録である。友の声援を胸に、目指すは"広布のホームラン王"!〉(聖教新聞一月九日付)
 記事には池田名誉会長が藤井選手の贈呈をうける写真が大きく掲載されている。文末にあるように、彼らが求められているのは、まさに「広布のホームラン王」であろう。別の日の聖教新聞は藤井選手がバットを贈った経緯について、こう記す。
 〈あの一発を打った夜、彼から電話があり、『(記念のバット)を池田先生に贈りたいが……』と言っていた。でも驚いたのは名誉会長が、そのバットを手に豪快に三度も素振りされた。バットは920tで、プロ選手のなかでも重い方なんですよ。あの直後、彼は『満塁で打席に立つより、何倍も緊張した。池田先生が喜ばれ、涙をこらえるのが……』と目を赤らめていた。福山市の父親からもすぐ電話が来て『1月8日は藤井家の永遠の記念日だ!』と大歓喜。〉(一月二十一日付)
 ここに表出されているメンタリティこそ、すべからく学会員スポーツ選手に共通するものだろう。彼らは「本番」で成績を出すことより、それで池田先生に喜んでいただくことに「価値」を見いだしている。信心が結果を招来したのは、つまり池田先生のおかげという構造だ。そんなプレーヤーたちは、数多くスポーツ界にいると、前出の聖教新聞は紹介している。中村隼人(日ハム、創価大出身)、牧谷宇佐美(ヤクルト)、阿久根鋼吉(日ハム)、矢野輝弘(阪神)。小関竜也(西武)は、一月八日の「本部幹部会」(藤井選手のバット贈呈が行われた)後の決意表明で、「首位打者を目指す」と「言い切った」し、近鉄の武藤孝司選手は年賀状に「今年は三割打ちます」。同じく近鉄の岩隈久志投手は「十勝をめざす」と決意――。

 今から十年前、同じような記事が聖教紙に掲載されている。タイトルは『やるぞ!"ルネサンス元年" 負けじ魂 燃える心に三色旗』(九二年三月一日付)。写真入りでここに登場するのは、森田幸一投手(中日)、山本和範外野手(ダイエー)、小野和義投手(近鉄)、愛甲猛外野手(ロッテ)、そしてバットを贈った藤井康雄外野手といった面々で、その数十三名。記事は、そのうちの山本選手と森田投手の対談で構成されている。

 森田 それにしても去年の暮れ、池田先生のスピーチを初めて直接うかがいましたけど。先生は、"仏法は勝負なり。勝ってこそ正義は証明される"といわれ、広布の戦いの壮烈さを感じました。
 山本 ホント、戦い抜いてこそ本物の人間になるんだ、という厳しさに体が震えた。それに、心が洗われるような歓喜でいっぱいになった。  あの日、ロッテの西村君と"今こそはせ参じるのが弟子やないか"って、すっ飛んでいったんや。
 森田 プロでプレーしている男子部員が多いのにも驚きました。
 山本 いや、まだまだいるよ。一、二軍で約三十人いるそうや〉。

 この記事掲載の前年、日蓮正宗は池田名誉会長や秋谷会長の破門に続き、学会員総体を破門した。従って、学会の翌年のスローガンが破門何するものぞとの意思表示、つまり彼ら流に表現すると「創価ルネサンス」の年にしたわけだ。森田氏や山本氏が、「池田先生スピーチ」を聞くために「はせ参じた」のは、「池田先生の危機」に対する「弟子」としての義務の意味合いが込められている。
 また、「仏法は勝負。勝ってこそ正義」は何もプロ野球のゲームだけを指すのではない。この場合、日蓮正宗との戦いに勝つこと、それを強調したのが池田スピーチだった。他の宗教を信仰するスポーツ選手との決定的違いは、そこにある。

 以来、十年間。学会スポーツ選手はさまざまな分野で頭角を現し、また消えていった。そしてサッカーワールドカップが日韓共同で開催されようとするその時、またしてもある学会員スポーツ選手の名前が取り沙汰されることとなった。Jリーグ横浜Fマリノスに所属する中村俊輔選手が、日本代表チームに選考されるか否か。創価学会員の彼が、ワールドカップで活躍する姿を待ち望んでいた信仰の友は多かろう。  結果はあえなく落選。一部には、こんな見方があった。フランス人監督であるトルシエ氏は、本国で学会がカルト団体と指摘されていることを知っている。中村を嫌ったのは、その信者ゆえである――。しかも、同じく学会員選手であるロベルト・バッジオもイタリア代表チームの選に漏れた。創価学会は踏んだり蹴ったりだというもの。
 たしかに一理ある。バッジオ選手は筋金入りの学会員で、すでに二冊の創価学会翼賛本を出し、イタリアでの別名は「リトルブッダ」。一方、中村にはそうした派手な活動歴はないものの、聖教新聞の肩入れぶりはなかなかのものだった。前出の聖教新聞(一月二十一日付記事)ではこう述べられている。
 〈サッカー選手も燃えている。注目W杯の日本代表選考だが、『まだ動く』とトルシエ監督は言ってるし……。中村俊輔選手の祖父からの年賀状に『なんとしても代表に選ばれるよう、題目をあげてます』とあった〉。
 五月二日のホンジュラス戦では、二得点をあげ、得意のフリーキックにも磨きがかかっていた。落選が明らかになった翌日の聖教紙は、こんな不満を隠さない。  〈しかし、最後の最後まで代表入りを信じながら落選した欧州遠征組の六人の心中は穏やかでないはずだ。  とりわけ注目されていた中村が選から漏れた点については、トルシエ監督の説明が必要だ。中村のセットプレーという"切り札"抜きで、日本はW杯に挑むことになった〉。
 ところがこの事態に思わぬ方向から情報が入ってきた。イタリアのスポーツ紙『コリエーレ・デッロ・スポルト』が、五月二十五日付けでこんな報道を行っている。 タイトル――「日本。日本代表監督が護衛下。熱狂集団が監督を脅迫」 小見出し――「宗教団体は中村が除外されたことに不満」
 記事の主旨は以下の通り。

 「日本代表監督であるフィリップ・トルシエ氏に対する宗教団体信者たちの脅迫に関して、主催者は深刻に受け止めている。トルシエ監督は中村をケガで病み上がり状態であることを理由に選考メンバーから外した。これが原因で、多数のシンパを抱える宗教団体との問題で悩んでいる。宗教団体信者数人は、彼らの情報網を用いて声明し、トルシエ監督が個人的理由で彼らの同志(中村)を招集しなかったと確信している。トルシエ監督は完全護衛下にあって、宗教団体の暴力的企てを避けるためにボディガードも同行している」

 日本では、一行たりとも報じられなかったこの記事のクオリティはいかがなものだろうか。在イタリアジャーナリスト複数によると、一八九六年創刊の『スポルト』紙の発行部数は七五万(イタリア国内)。アフリカ大陸とアジア地域をのぞく世界各国で購入可能という。社員は一六〇名余で、四〇ページ建ての三分の二はサッカー記事という構成。今回、記事を執筆したのはトルシエ監督とも親しいベテラン記者で、記事には「指宿」という発信元が記されている。
 これで終わらなかった。別の日刊紙(スポーツ紙)と地方紙が、続報を掲載している(五月三十日付)。日刊紙(コリエーレ・デッロ・スポルト)では、「宗教団体が日本代表監督を脅迫」の見出しで、「創価学会という圧倒的な権威を誇る仏教宗教団体のシンパが、会員である中村をワールド杯メンバーから外したことを受け、トルシエ監督に圧力をかけている。同会員としてバッジオがおり、池田大作名誉会長はバッジオと中村のメンバー外しに憤慨している」という主旨の記事が掲載された。
 創価学会が特にイタリアを布教の拠点と位置づけるのは、池田名誉会長のノーベル平和賞狙いといわれ続けてきた。北イタリアにも池田氏の名前をつけた施設を寄贈したり、あるいは名誉称号をうけた教育機関、自治体もある。そのお膝元のメディアによる報道である。  はたして真相はいかに。大会終了後、トルシエ氏からの言及はあるだろうか。アマチュアスポーツ界にも、ここで取り上げた野球やサッカー以外にも数多くの学会選手が存在している。が、選考をめぐって組織が圧力をかけるというのは尋常な事態とはとてもいえない。仏敵との戦いは、他の分野・スポーツでもそこまで行われるのだろうか。

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