2002-11-1

完成した大石寺「奉安堂」と創価学会の嫉妬
-本誌編集部  

静岡県富士宮市にある日蓮正宗の総本山・大石寺(阿部日顕住職)に建設されていた奉安堂が十月八日に竣工。十日には日蓮正宗が宗旨の根本とする「本門戒壇の大御本尊」の遷座式が行われ、十二日には落慶大法要が挙行された。
 今回、完成した奉安堂は、敷地面積一三六九〇〇平方m(四一四八一坪)、建築面積一二九八七平方m(三九三五坪)で、二層屋根、寄棟造りの伝統的な和風様式の寺院建築で、総工費は約二一〇億円。東西の幅が七十五m、南北の奥行き一一六m、高さ五五m。周囲は東西一三〇m、南北二三〇mの廻り壁と回廊で囲まれており、内部には二三〇畳余の僧侶席と五〇〇四席の信徒席が設けられている。
 もともとこの奉安堂が建設された敷地には、以前、池田大作創価学会会長(当時)が願主となった正本堂と称する建物があった。しかし、平成二年の年末に日蓮正宗は池田氏を信徒代表である法華講総講頭から実質的に解任。平成三年十一月には度重なる教義違背や社会的不正を指摘して創価学会を破門。翌四年八月には、池田氏を信徒除名処分とした。
 以後、日蓮正宗は正本堂同様、池田氏が願主となっていた大客殿を耐震構造上、問題があるとして解体。新たに純和風の寺院建築である客殿を建設したのをはじめ、法祥園と称する和風庭園を建設するなど大石寺境内の整備を着々と進めてきた。
 そして平成十年には「仏法破壊の言動を繰り返す池田大作が願主となった正本堂に大御本尊を安置することはできない」として、正本堂を解体。同地に新たに、日蓮聖人が初めて南無妙法蓮華経の題目を唱えてから七百五十年目にあたる平成十四年に、「宗旨建立七百五十年を記念」して、「大御本尊」を安置する奉安堂の建設を発表。平成十二年四月の着工から一年半の工期を経て、今回、竣工、落慶に至ったのだった。


 こうした大石寺の変貌を、地元・富士宮のマスコミ関係者が次のように論評する。
 「創価学会が寄進した『正本堂』にしろ『大客殿』にしろ、コンクリート造りの要塞のような建物で、およそ寺院には似つかわしくない異様な建物だった。そうした施設を解体し、『大客殿』の跡には和風建築の『客殿』を建設。『正本堂』の跡地には『奉安堂』を建設し、境内の日本庭園を整備するなどした結果、大石寺は本当に雰囲気のいいお寺になった。地元の評判もいいし、本当に日蓮正宗は創価学会を破門して良かったのではないか」  明治の文豪・大町桂月は、大石寺をして「大石寺を見ずして寺を語ることなかれ」と評しているが、いま、大石寺はそうしたかつての静寂な雰囲気を取り戻しつつある。
 だが、「日蓮正宗を撲滅する」としている創価学会としては、大石寺が整備されることはおもしろくない。それだけに「聖教新聞」等の機関紙誌では、創価学会破門後、日蓮正宗は衰亡し、大石寺は荒廃しているとして、あたかも大石寺にペンペン草が生えているかのような事実と異なる悪意に満ちた宣伝をさかんに行ってきた。
 例えば、昨平成十三年は破門から十年目の節目にあたっていたが、奉安堂の上棟式が行われた十二月前後に創価学会は、「聖教新聞」で激しい日蓮正宗攻撃を繰り返した。その一例として創価学会の創立記念日である十一月十八日付「聖教新聞」一面コラム「寸鉄」に掲載された一文を紹介しよう。そこには次のように書かれていた。
 「"破門"から10年。学会はいよいよ世界へ大興隆。日顕宗は、衰退ボロボロ」
 同様に十一月六日から「聖教新聞」に掲載されていた静岡県富士宮市の「脱講者が暴く本山の実態@」と題する座談会記事では、「日顕は富士宮の恥さらし」「あの男が法主になってから大石寺はすっかり寂れた」などの見出しで、次のように大石寺は衰亡したと強調している。
 「国府方 結局、日顕の代になって、本山は何もかもメチャクチャになってしまったということですね。
 奥山 そんな有り様だから、地元・富士宮でも、いよいよ日顕の悪評が高まっている。
 佐野 みんな呆れ返っていますよ。日顕のせいで学会の登山者がいなくなってからというもの、富士宮も、灯が消えたように寂しくなりました。  大泉 町の人も、"大石寺のあのバカは、まだ生きているのかい"と話しているぐらいです(笑い)。
 奥山 いや、大石寺の近くの他宗の坊主すら『今の法主になって、大石寺は、すっかり寂れたな』とせせら笑っているくらいです(大笑い)」
 だが、実際には奉安堂の竣工式に地元・富士宮市の渡辺紀市長が参列し、祝辞をのべているように、地元富士宮市の市民の間で、リニューアルされた大石寺の評判はいい。また、創価学会の宣伝とは裏腹に、大石寺に日本最大級の奉安堂が建設されていることも学会員の間に浸透しつつある。
 そうした事実の浸透によって、「衰亡」「寂れた」などの虚偽報道が通じなくなってくるや創価学会は、今度は奉安堂の建築様式が「邪宗寺院」様式などとイチャモンをつけ始めている。
 その代表的事例が、奉安堂の落慶法要が行われた十月十二日に行われた本部幹部会での秋谷栄之助会長発言。本部幹部会の席上、秋谷会長は次のように奉安堂をくさしたのである。
 「嫉妬に狂う日顕が、正本堂の跡地に京都や奈良の伽藍寺院をまねた奉安堂を造り、またまた落慶法要と称して法華講の登山を開始します。日顕の"京風"好みというのは、大謗法であります。御書もろくに読んでいない証拠です。(中略)
 権威におもねり、京都の華美軟風に侵された三位房を厳しくいさめられた御書です。同様に、この京風をありがたがる日顕が、大聖人から厳しく叱責されることは間違いありません。きょうから、日顕を"こうもり法主"と呼んでまいろうではありませんか。
 法華講は200億円もの金をむしり取られ、"まやかしの安普請"の奉安堂の落成式に駆り立てられる。功徳もなく屠所にひかれる羊のごとく、誠にあわれな姿であります」(「聖教新聞」十月十三日付)
 ちなみに十月八日に行われた竣工式には、工事関係者とともにマスコミ関係者も招かれ、奉安堂が披露された。同日夕方のニュースでは、地元静岡県のSBSが大石寺に日本最大級の本堂である奉安堂が完成したと報じたのをはじめ、翌九日には、「朝日新聞」が「日蓮、題目750年 大石寺に奉安堂完成」との見出しで写真入りで奉安堂の完成を報道。「静岡新聞」も「大石寺の『奉安堂』が完成」との見出しで奉安堂の完成を報道する中で、「創価学会が寄進した『正本堂』を平成十年に取り壊し、跡地に『宗旨建立750年を慶祝して』(大石寺宗務院)、建設した。完工式では、富士宮市の渡辺紀市長が『観光面を含めて、市の活性化にも寄与されることを期待している』と述べた」と書いている。
 ところで、この日の「朝日新聞」をはじめとする全国紙、「静岡新聞」などの地方紙にはのきなみ「新・人間革命」の一面全面カラー広告が掲載された。
 奉安堂完成のニュースを少しでもまぜっかえそうとの意図のもと、全面広告をぶつけてきたのだろうが、そこには創価学会が相手を批判する場合の常套句とする「嫉妬」が投影されているように見える。
 きっと評判の悪かった正本堂の跡地に、評判のいい奉安堂を建設されたのが、さぞかしくやしいのだろう。

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