2002-11-1

創価学会の異常な寄付金集め「財務」の実態
集金マシーンと化した創価学会のモラル


段 勲(ジャーナリスト)

 九月下旬、アジア大会の開催で沸き上がる韓国の首都・ソウル市で、時ならぬ街頭デモが繰り広げられ衆目を集めた。三〇台ほどのバスに分乗した老若男女が、市内、九老区九老五洞にある「韓国SGI文化会館」に、押し掛けたのである。
 「善の連帯」と名乗る"デモ隊"の面々は、ほかでもない。身内の韓国SGI会員であった。同連帯によるこうした直接の抗議デモは、昨年の六月に続いて二度目。いずれも目的は、SGI執行部に対する金銭疑惑(小誌、九月十五日号参照)の追及にあった。
 公称信者数、一二〇万人という、日本に次いで教勢を誇る韓国SGIは、二年ほど前から内部紛争が噴出していた。今日、組織が二分するほどの内部抗争にエスカレートしていった争点は、金である。
 韓国のSGIも日本の学会を真似て会員から「財務」を集めており、目下、裁判にまで進展している金銭の不正疑惑も、会員から集めた財務が源であった。  金がらみのスキャンダル。営利追求の民間企業や悪徳政治家ならまだ分かる。しかし、社会の模範であるべき宗教団体がそうであっては、話にもならない。
 一連の韓国SGIの金銭スキャンダルは、最新の情報によると、年末の大統領選をにらみながら、当局も強い関心を示しているという。このSGIの最高指導者は、池田大作・SGI会長である。目前に横たわる韓国SGIの内乱をどのようにして解決するのだろうか。

財務の季節がやってきた

 ところで、韓国SGI騒動の原点になった財務集めは、日本の学会が先輩格に当たる。その財務集めの季節が、また今年も近づいてきた。  毎年、毎年、会員たちの懐から万札が飛んでいく「財務」について、納金者たちはどのような感慨を抱いているのか。二、三人の学会員に聞いてみた。
 「また、財務の時期がやってきた」
 こう、迷惑そうに"本心"を吐露する会員もいるし、 「組織に所属している会員の義務みたいなもの。会館使用料のつもりで払っている」  と、淡々と語る壮年部所属の会員もいる。もちろん、
 「真心込めて、できる限りの金額を」
 と、熱っぽく話すのは、組織活動の熱心な会員や中堅幹部たちである。その一方で、
 「金を返してほしい」
 と、生活苦のなかで、束にした領収書を見せながら訴えるのは、元学会員たちだ。
 一九七七年(昭和五二年)頃から、年間の重要行事としてスタートした「財務」納金制度は、集める目的がいま一つ分からなかった。鮮明にしているのは、財務を納金する学会員を「広布部員」といい、金額は一人当たり「一口一万円以上、何口でも可」。納金方法は、始めた当初、幹部自宅や最寄りの会館が集金の場として当てられた。だが、昭和から平成に時代が変わった頃から、公共料金のように、銀行振込に変更されたのである。
 指定された同時期、全国一斉に集められる「財務」は、振込先の金融機関にとっても、思いがけない恩恵を被ることになる。莫大な手数料が入るからだ。そのため、金融機関によっては、学会財務に関するオリジナルの振込用紙が作成されている。
 そもそも学会は、創始以来「信者から一銭の金も受け取らない。その証拠にどの関連施設にも賽銭箱を置かない」ことを、教団の売りにしてきた。そればかりではない。返す刀で、他の教団、例えば会員、信者から拠金を受ける立正佼成会や天理教等を矢面に立て、"金儲けのインチキ宗教"と、徹底して批判してきたのである。
 「それがなぜ?」という素朴な疑問。わざわざ学会は、どうして批判を招くような金集めを始めたのか。これでは長年、金儲け宗教だ、金権宗教だと、散々中傷されてきた他の宗教団体にとってもたまったものではない。
 ほか、学会の「財務」は、単に「寄付行為」なのか、それとも「ご供養」なのか、も不透明である。この宗教上の大事なところがはっきりしていないのだ。
 寄付と供養では、「財務」を納金する会員側にとって、意味が天と地ほどの開きがある。しかも学会は無責任というか、その時々によって説明を変え、曖昧にしてきたのである。
 組織を率いる池田大作氏からしてそうであった。説明を求める相手によって、財務を「寄付」と明言し、内に向かっては「功徳があるんだから」と、供養金であることを説いてきた。こうして、「財務」納金の目的が不鮮明ながらも恒例化し、いつの間にか組織に定着していったのである。  ただし、多くの内部資料等を拝見すると、会員から集める側に立つ幹部たちの姿勢は、財務を「ご供養」と断定。例年、少しでも多くの金額をと奔走している。会員にたくさんの功徳を受けさせようとする慈悲の発想なのか。それともまた、ほかの理由でもあるのか。  手元に、こんな資料がある。  コード番号、組織名、氏名、役職名、職業が明記された横に、各納金者の金額数字が並ぶ。一〇〇〇〇〇、二〇〇〇〇〇、五〇〇〇〇〇、一〇〇〇〇〇〇、一〇〇〇〇〇〇〇、二〇〇〇〇〇〇〇……。ゼロを数えてみると、一〇万円、二〇万円、五〇万円、一〇〇万円、千万円、二千万円という巨額な金額のオンパレードだ。
 これは最近年の「財務」で、某県内にある一組織所属の学会員たちが納金した金額の一部である。金持ちだけの学会員を特別に選択して紹介したわけではない。地方の県内にあるごく普通の一学会組織に所属する会員たちの「財務」納金額である。
   巨額のキャッシュ一兆円が眠る  寄付にしろ、ご供養にしても、とても真似のできない大変な金額だ。でも、会員本人たちが働いて得た税引きの収入である。真っ当なお金だろうし、しかも嬉々として出すのだろうから口を挟むものではない。だが、受ける学会本部側のモラルはどうなのか。
 一つは金の集め方だ。かつて、「財務」納金の"指導"で、気炎を吐く最高幹部の録音テープを聴いたことがある。こう、声を張り上げていた。
 「広宣流布には金がかかるんです。金を出せ! 出せ!」
 会場に集まった会員に対し、財務の納金を促す最高幹部のこれが指導内容であった。
 広宣流布には金がかかる。日本の経済がいま以上に破綻したら、広宣流布も後退することになるのか。
 モラルのその二は、学会の豊富な財政である。『創価学会 財務部の内幕』(小学館発行=二〇〇〇年七月)によると、都市銀行を中心に学会の関係銀行口座には、約一兆円ほどの巨額なキャッシュが眠っているという。
 しかも、この豊富な資金が「広宣流布のため」どのような動きをしているのか、納金した会員にも一切知らされることがない。預金残高の口座名も複雑である。先の本から引用してみよう。
 「……大手都市銀行の本店には、宗教法人・創価学会、会長、理事長、墓苑、創価学会インタナショナルなどの名義で口座が開設されていること。そして一行当たりの預金残高は一〇〇〇億円前後で推移していることはこれまで述べた通りである。焦点は、それぞれの口座の預金残高だ。……『口座数はいくつもある。うちの最大のものは創価学会インタナショナルで、全体の五〇%程度。飛び抜けてこの口座の預金残高が多い。大半は大口定期預金だ』(大手都市銀行本店営業部)『会長、理事長名義の口座にかなりの預金残高はある。まあ、二〇億円から三〇億円程度とみてもらっていい』(大手都市銀行宗教法人担当者)『なんといっても、創価学会インタナショナルの預金残高が多い。全預金残高の六〇%強を占めている。他の口座はバラバラ』(大手都市銀行営業部)……」
 多額の財務を納金している会員たちは、何のために、どの口座名義に振り分けられているかも知らされていない。"開かれた宗教"を喧伝している割には、ベールに包まれた部分があまりにも多い。
 周知の通り、目下わが国は、出口の見えない厳しい経済情勢で、暗いトンネルに入ったまま模索し続けている。生活苦だけが原因ではないが、年間、三万人を越える自殺者を記録し、失業率も右肩上がりで五%を下がらない。公明党の大臣の音頭で、健康保険料も値上がりした。銀行の利息もコンマ以下どころか、ペイオフの風が吹き、老後を案じる年代層の嘆きも聞こえてきている。
 展望もなく、庶民の生活が困窮している暗闇の時代に、学会はなおも会員から執拗に「財務」を集める。しかも資金豊富な金庫をかかえながらである。さらには、使途も明らかにすること