公明党=創価学会の真実 
「自・創」野合政権を撃つ II /
著者:乙骨 正生

創価学会=公明党が自民党との連立政権に加わって三年。いまや日本の政界やマスコミ・言論界は、巨大な集票力と集金力を持つ創価学会の「票縛り」「金縛り」に屈し、創価学会=公明党に対する批判や監視の姿勢を放擲、事実上タブー視していた。それでも批判するジャーナリストには徹底した「言論テロ」を加え封じ込めようとしている。 本書は三年前に出版した「公明党=創価学会の野望」の続編であり、激しい言論テロに抗し書き綴られた告発のドキュメントである。

公明党=創価学会の真実 「自・創」野合政権を撃つ II /著者:乙骨 正生
ISBN 4−87699−730-6 C0036  2003年1月刊 本体価格 1800円
発行元/かもがわ出版 http://www.kamogawa.co.jp/  books@kamogawa.co.jp
〒602-8119 京都市上京区堀川出水西入 TEL 075-432-2868 FAX 075-432-2869

-目 次-
【序章 政界支配目論む創価学会―小泉首相の池田礼賛が意味するもの 】
【第一章 盗聴とマスコミ支配と言論テロ】
 1 "盗聴教団"の体質いまも脈々と
 2 マスコミ御用化ここまで
 3 批判者に異常な"言論テロ"
 4 謀略訴訟もあった―司法制度悪用し批判者攻撃
【第二章 「池田教」教祖は勲章が大好き】
 1 池田大作氏「称号・賞獲り」のカラクリ
 2 池田外遊に外務省が総理なみ接遇
 3 池田大作カリスマの原点・大阪事件の虚実
 4 「池田教」宣言の創価学会会則・規則変更
 5 池田礼賛・宗門攻撃に駆り出される学会芸能人
【第三章 創価学会は「政治・宗教団体」 】
 1 総理大臣人事にまで介入する池田大作氏
 2 東京都議選、一名減の「全員当選」
 3 参議院選、一千万票には届かなかったが…
 4 東大阪市長選に見る創価学会のマキャベリズム体質
【第四章 創価学会の金権・腐敗体質 】
1 創価学会本部の腐敗と職員倫理規定
2 「八葉」事件にみる学会員犯罪
【終章 北朝鮮と蜜月だった公明党そして創価学会 】

【あとがき】

 創価学会・公明党が自民党との連立政権に参画して早くも三年が経過した。
 いまや創価学会・公明党の政界に対する影響力は、本書の序章でも触れたように、時の総理大臣が公明党の党大会で池田大作名誉会長を礼賛するという由々しき事態にまで立ち至っている。
 本書でも具体的に指摘したように、宗教的イデオロギー、宗教的パッションに基づいて会員を扇動、恒常的に選挙活動を繰り広げる創価学会の実態は、単なる宗教団体ではなく、「永遠の指導者」である池田氏を「国主」に祭り上げ、国家の覇権を握ろうとする特異な宗教政治団体と見るべきであろう。
 そうした特異な宗教政治団体の野望を実現することを目的とした公明党の政権参画は、憲法二〇条一項後段の「いかなる宗教団体も国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」との「政教分離」規定に違反すると筆者は考えている。
 平成五年八月に成立した細川護煕氏を首班とする非自民連立政権に公明党が参画した際には、筆者同様、日本の政界やマスコミ・言論界の大勢も、「政教分離」の観点から公明党の政権参画を批判、ないしは危惧を露わにした。だが、それから九年の歳月を経た今日、日本の政界やマスコミ・言論界は、巨大な集票力と集金力をもつ創価学会の「票縛り」「金縛り」に屈し、創価学会・公明党に対する批判や監視の姿勢を放擲したばかりか、公明党大会での小泉首相の池田礼賛が象徴するように、いまや創価学会の膝下に迎合、土下座するまでにいたっている。
 そうした現実を背景に強気になった創価学会・公明党は、政権内部におけるヘゲモニーの掌握をいっそう進めるとともに、ここを先途と創価学会・公明党に批判的な立場にある人物や団体を「撲滅」するための熾烈な攻撃を仕掛けている。
 そうした攻撃の一環として創価学会がもっとも力を入れているのが、司法制度を悪用しての批判的言論の封じ込めである。具体的には、創価学会に批判的な言論の片言隻句をとらえて名誉毀損訴訟を乱発し、批判的言論を封じ込めるというものである。
 これと連動して創価学会・公明党は「報道による人権侵害を許すな」などのキャンペーンを張り、名誉毀損訴訟の早期成立や損害賠償額の高額化、人権やプライバシーの保護に名を借りた言論抑圧法である個人情報保護法や人権救済法の制定に全力を傾注。創価学会に批判的な言論を押さえ込むための法的な環境整備に血道をあげている。
 筆者も、そうした創価学会の司法的救済に名を借りた名誉毀損訴訟を、四件提起(他に公明党からの刑事告訴一件)されるとともに、機関紙誌において「ガセネタ屋」「詐欺的売文屋」「ブラックジャーナリスト」「妄想狂」「言論の殺人者」などと、あらんかぎりの罵詈雑言を浴びせられている。
 自らは批判的立場にある人物や団体に対して、人権も名誉も無視した悪罵の限りをつくす一方、自らに対する批判的言論は名誉毀損にあたるとして提訴する。実に狡猾かつ欺瞞的なやり方である。
 しかも問題なのは、こうした創価学会の司法制度の悪用に対して、裁判所が歯止めとして機能していないことである。本来、公正・中立・客観的立場から、司法制度を悪用する創価学会の濫訴体質に一定の歯止めをかけるべき裁判所が、むしろ創価学会のキャンペーンに乗せられる形で言論・表現の自由を掣肘する姿勢を見せ、各種メディアの創価学会関連裁判でも創価学会勝訴の判決を相次いで出していることは、憂うべき事態といわざるを得ない。
 かくいう筆者も、創価学会から提訴されている四件の訴訟中、一件(週刊新潮との共同被告事件)は、最高裁で敗訴確定。残る三件のうち一件(和歌山講演事件)も、まともな審理もないままに東京地方裁判所で五〇万円の損害賠償を命じるとの敗訴判決を受けている(現在、控訴中)。その一方で、筆者が創価学会の名誉毀損に基づく提訴に対抗するために、創価学会を被告として提訴した創価学会の筆者に対する名誉毀損を指摘しての反対訴訟は、創価学会提訴事件と関係性がないとして却下され、審理すら行われないのである。幸い、平成十四年十二月十八日、東京地裁民事39部は、三件の訴訟のうちの一件(「フォーラム21」5月1日号事件)について、創価学会側の請求を棄却、創価学会敗訴、筆者勝訴の判決を言い渡した(創価学会側が控訴)。しかし、第一章で触れた「コーヒーカップ事件」に象徴される司法制度を悪用しての批判者、対立者攻撃にはいまだに歯止めがかかっておらず、創価学会の濫訴により応訴の負担を余儀なくされている。
 青年時代から「天下取り」を叫び続けた池田氏は、創価学会が実質的に日本を支配する体制を構築することを目指し、公明党による政権参画と、優秀な学会員子弟を官界・司法界・マスコミ界、経済界その他に送り込む「総体革命」というプロジェクトを創価学会の組織あげて推し進めさせたが、いま、まさに日本社会は、そうした創価学会・池田氏の思惑通りの社会に「革命」されつつあるといえる。
 こうした日本社会の現実に危惧を抱き、憂慮する学者・ジャーナリスト等とともに、筆者は昨年来、「フォーラム自由21」と題する勉強会を開催していたが、平成十四年三月、新たに宗教と政治、宗教と社会に関する正確な情報を発信するための雑誌媒体として、「フォーラム21」と題する隔週刊誌を発刊した。
 本書は、その「フォーラム自由21」のニュースレターならびに「フォーラム21」に掲載した原稿に、若干の加筆等を行いまとめたものである。
 平成十一年末に筆者は、かもがわ出版から『公明党=創価学会の野望 『自・創』野合政権を撃つ』を上梓させていただいたが、本書は、いわばその続編である。
 いま日本では北朝鮮の拉致問題が大きな社会的関心を呼んでおり、多くの国民が金正日という異常な指導者に率いられた北朝鮮の実態について、認識をあらたにし始めているが、実は、「偉大なる首領様」に率いられた北朝鮮と、「偉大なる仏教指導者池田先生」に率いられた創価学会の体質は酷似している。
 かたや金日成・金正日、こなた池田大作氏に対する個人崇拝。いっさいの批判を拒否し、唯我独尊的な自画自賛を繰り返すプロパガンダ体質。人権も名誉も省みず批判者・対立者を悪罵する独善的で排他的な体質。目的達成のためには手段を選ばない謀略的で暴力的な体質。少年・少女時代からの徹底した洗脳教育。そして人文字にマスゲームなど、両者にはあまりにも共通項が多い。
 北朝鮮は金日成・金正日父子が政治権力を完全に掌握した世界である。そして日本では「永遠の指導者・池田大作先生」に率いられた創価学会・公明党が、いま政権の一角に足がかりをつけている。
 まだ政権を完全に掌握していない現段階でも、創価学会に批判的な言論活動を行う筆者は、尾行、盗撮をはじめとする恒常的な監視や嫌がらせ、機関紙誌による中傷誹謗、さらには名誉毀損訴訟の乱発と、名誉毀損訴訟での勝訴判決に基づく文藝春秋社(週刊文春)、新潮社(週刊新潮)、小学館(週刊ポスト)、講談社(週刊現代)、日本ジャーナル出版社(週刊実話)に対する原稿料、コメント料の差し押さえまで行われており、創価学会は「乙骨を社会から追放せよ」「乙骨を干上がらせろ」「極悪を撲滅せよ」と叫んでいる。
 創価学会が政治権力を完全に掌握した際に到来する社会が、北朝鮮と同じような社会にならないとの保障はない。否、むしろ批判的言論を展開する筆者に対する創価学会の熾烈な攻撃に鑑みるならば、創価学会が政治権力を掌握した日本社会は、いまの北朝鮮とほとんど同質の社会になることは火を見るよりも明らかである。
 二一世紀の日本社会を、言論の自由、信教の自由をはじめとする基本的人権を謳歌し、民主的で平和な社会とするか。それとも特殊な宗教イデオロギーに支配された宗教政治団体に実質的に支配された息苦しい社会にするか。いま、日本は、その岐路に立たされている。
 末文ながら、創価学会・公明党の圧力が強まる中、本書の刊行に尽力していただいたかもがわ出版の湯浅俊彦氏に心から御礼申し上げる。

二〇〇二年十二月吉日
乙骨 正生

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