2004-4-15
特集/文春「出版禁止」事件と創価学会

「公明党・創価学会=池田大作」の思惑に沿った
 文春出版差し止めの司法判断

ジャーナリスト 古川利明


 言論機関に対する田中真紀子の“自爆テロ”

 前外相である衆院議員・田中真紀子の長女・真奈子の離婚について報じた『週刊文春』(3月25日号)の記事で、東京地裁が3月17日、発行元の文藝春秋に出版差し止めなどを命じる仮処分決定を下したことが、大きな波紋を呼んでいる。
 既にこの問題は、新聞やテレビ、さらには他の雑誌などでも大々的に取り上げられ、こうした司法による「言論封殺」が、「物言えば唇寒し」という戦前の暗黒状況を彷彿とさせ、このままでは、権力批判を行うジャーナリズムは存立しえなくなるとの危惧は、概ねこれまで識者からも繰り返し指摘されている。私もまったく同感である。
 それを踏まえたうえで、なぜ、いまの司法(=裁判所)が、こうしたトンデモないことを、こともなげに行ってしまうのか、その背景について、ここでは考えてみたい。
 本題に入る前に、今度の田中真紀子の対応(いちおう、この問題に対して表向きには長女が対応していることになっているが、田中真紀子の意思なしに今度の出版差し止め請求はありえない)について、私の見解を述べておくと、これは彼女の言論機関に対する“自爆テロ”以外の何物でもない。
 何十年も前ならいざ知らず、現代において若いカップルが程なく離婚に至るケースなどゴマンとある。まず、離婚をしたこと自体にそもそも高度な秘匿性を要するプライバシーがあるとは、到底、思えない。
 確かに長女が「公人か私人か」という議論はあるが、政治家の娘が「純粋な私人」ということはありえない。そこで、長女の離婚をめぐる親子の軋轢などが出てくれば、「母親」である田中真紀子の「人となり」や「思想」にも関わってくるから、当然、ジャーナリズムにおける報道の対象となる。それはまさに「公人・田中真紀子」に対する、「国民の知る権利に応えるための、公共の利害に関わる事実」に他ならない。

 守りたいのは「公人のプライバシー」

 さて、ここから本題に入っていくが、問題の本質は、なぜ、裁判所が長女側の請求を却下することなく、そのままやすやすと認めてしまったかである。
 じつはそこに、「公明党・創価学会=池田大作」が99年体制で政権与党入りしたことで実現させてきた、「言論出版妨害策」(=個人情報保護法の制定と、それとリンクした報道被害の名誉毀損訴訟の賠償金高額化要求)が巧妙に動きはじめ、いよいよ裁判所という司法権の一角をも浸食してきているとみていいだろう。
 つまり、裁判所は「公明党・創価学会=池田大作」に配慮する(というより、「ご機嫌を取る」といった方が正鵠を得ているかもしれないが)形で、こうした出版差し止めの仮処分決定を行っているといってよい。

 本来、個人のプライバシーを侵害している本家本元が、「公権力」であることは、論をまたない。
 ところが、本来、規制すべき公権力のプライバシー侵害は、なぜかほったらかしにしておいて、弱い立場に晒されている「『私人』のプライバシーを守る」という大義名分のもと、池田大作に象徴される「公人」をそこにすっぽりとうまくはめこみ、「公人のプライバシーを保護しろ」というふうに、何とも狡猾に搦手から縛ろうとしたのが、池田大作主導によるこれら一連の言論出版妨害策なのである。
 「公人のプライバシーを守れ」とは、要するに「権力者のスキャンダル記事を掲載するのは、まかりならん」ということである。
 個人情報保護法といわば“合わせ一本”の形で、報道機関に強い萎縮効果をもたらす名誉毀損訴訟の賠償金高額化要求は、与党3党の中でも、じつは公明党が最も突出した形で、再三、国会で取り上げてきた(例えば、01年2月27日の衆院法務委での漆原良夫、01年3月14日、同月21日の参院予算委での沢たまき、01年5月16日、02年7月22日の衆院法務委での冬柴鉄三など)。
 とりわけ、漆原が質問に立った前日の01年2月26日の東京地裁判決(出版関係者の間ではこれを「平成の二・二六事件」と呼んでいる)から、何とも奇妙なことにそれまで数十万円から100万円だった賠償額が、突如、公明党の要求を受け入れる形で、一律500万円前後に高騰しているのだ。

 こうした経緯は拙著『デジタル・ヘル――サイバー化監視社会の闇』(第三書館)の「第四章 『個人情報保護法』はいかにして歪められていったか」でも詳しく触れているが、創価学会のある内部関係者によれば、学会が報道被害の問題に力を入れるきっかけになったのは、『週刊新潮』の94年9月29日号で、北海道の学会員が脱会者をトレーラーで衝突死させたと報じた記事だった。
 それに追い打ちをかけるように、96年に入り、同じ『週刊新潮』の2月22日号が「私は池田大作にレイプされた」との、信平手記を掲載したことが決定打となったという。
 「それで、池田先生としてもこれは放置しておけないと判断され、松本サリン事件の被害者である河野義行さんと、メディアによる人権侵害の問題に熱心に取り組んでいた元共同通信記者で、同志社大教授の浅野健一さんの2人を全力で取り込んでいったのです。彼らを学会系の団体のシンポに招いたり、第三文明社から本を出すなどして私たちの味方にしたうえで、週刊新潮をはじめとする悪質なデマやウソに満ちた報道から池田先生をお守りするため、『そういったプライバシーを守る法律や、報道被害者の名誉毀損訴訟の賠償金高額化が必要だ』との声を、こうやって内部から盛り上げていったのです」(前出の学会内部関係者)

 公明党の要求を“丸飲み”した

 では、なぜ、最高裁はこうした池田大作の“圧力”に屈する形で、「報道被害の名誉毀損訴訟の賠償金高額化」をやすやすと受け入れてしまったのだろうか。
 じつは、自・自・公路線の成立とほぼパラレルの形で、99年に「司法制度改革審議会」が設置されている。その目玉とされた「裁判員制度の導入」を、“既得権”が侵害されるとして、最高裁側としては何としても潰したいとの思いがあった。そして、同時にこの司法制度改革の中で「法曹三者の採用枠の拡大」を、法務省とともに最高裁が政府与党の側に要求していたという経緯がある。
 そのバーターとして、繰り返し国会で公明党議員の執拗な追及を受けていたこともあり、最高裁側は公明党(=創価学会・池田大作)の要求を“丸飲み”したのではないか、との見方が有力なのである。
 そこで公明党議員が国会で集中砲火的な質問を行う直前の01年2月中旬、最高裁の民事局から資料を作成するよう依頼を受けた元東京高裁判事の塩崎勤・桐蔭横浜大学教授(弁護士)は同年9月17日、マスコミ関係者を対象とした研究会で、概要として次のよう