2003年9月1号
信濃町探偵団―創価学会最新動向

●「自民でも民主でも応援する」とアドバルーン
・8月18日付「聖教新聞」「座談会 21世紀の展望を語る」「関西の6小選挙区に候補者」「次期衆院選で公明党 勝利の峰へ議員が走れ家族が動け」「学会の支持決定は『人物本位』 与党であれ野党であれ『人権を守る政治家』を評価」
 「秋谷(会長)ともかく今、次の総選挙の時期が、いろいろと取りざたされている。秋という見方が有力だが、ともかく日本を良くしてもらいたい。学会の態度は政党支持では、公明党を支持するが、その他は、あくまで『人物本位』だ。関西でも、中部でも、全国各地みな同じだ。
 西口(総関西長) その通りだ。関西でも公明であれ、自民であれ、こんど合併する民主と自由であれ、いい人物――とくに人権を守る政治家は、きちんと評価する。この方針に一切、変わりはない」
 ※前2回の国政選挙で、比例区800万票を獲得した創価学会・公明党の集票力。この巨大な集票力をバックに政治家・議員を“票縛り”にするのが、創価学会の戦略である。9月の自民党総裁選挙の帰趨によっては動く可能性もあるが、いま、永田町は10月解散、11月総選挙の選挙モードに入っている。そこで改めてアドバルーンを上げたわけだが、これは同時に、非会員である自民党や民主党の一部議員を支援させられる学会員に対する「池田先生と学会を理解し、味方になる政治家は応援するんだよ」というアピールでもある。

●秋谷会長が事前運動に奮闘
・8月19日付「聖教新聞」「正義の大波を確信の声で 全国で会合 秋谷会長は東京北区の大会へ」
 「正義の大波を『確信の声』で広げる友の集いが18日、全国で行われた。東京・北総区の幹部会は、巣鴨の東京戸田記念講堂で。秋谷会長は、広布の歴史とは『不可能を可能にした歴史』であり、その根底には『どんな現実も必ず変えてみせる!』との強き一念があったと強調。いかなる戦いも、皆が祈りを合わせて立ち上がった時、本物の団結と勢いが生まれる。今こそ勝利の上げ潮を、わが地域にわきおこしながら、堂々たる栄光の大道を開こうと呼びかけた」
・8月20日付「聖教新聞」「各地で大会 深き祈りこそ勝利の要 秋谷会長は東京足立へ」
 「深き祈りこそ勝利の要!――広布の最高峰へ敢然と進む友の大会が19日、全国で行われた。東京の足立戸田・江北常勝区合同の大会は、足立文化講堂で。秋谷会長は『広宣流布は、民衆を幸せにするという偉大なる慈悲の戦いである。この闘争に勝利するために、「断じて勝つ!」との確信を忘れてはならない』と強調。さらに、若き日の池田名誉会長の闘争に言及し、『師弟の精神を根本に据えれば、乗り越えられない困難はない。無限の喜びと力がわいてくる』と語った」
・8月21日付「聖教新聞」「全国で大会 埼玉上尾が完勝大会 秋谷会長が出席」
 「広布の使命に生きる喜びに燃え、20日、全国で大会が行われた。埼玉・上尾県の完勝大会は午後7時半から、埼玉文化会館で開催。(中略)
 秋谷会長は、『広布に生き抜く純粋な心を貫けば、大福運の人生を必ず歩むことができる』と強調。いかなる相手に対しても、礼儀を尽くし、粘り強く、真心の対話を重ねてこそ、広宣勝利の道は開かれると述べた」

 ※全国各地で開かれた大会のうち、なぜ、秋谷会長が東京の北区と足立区、そして埼玉県の上尾市の組織の会合に出かけたか。その理由は明々白々。次期衆院選で公明党から小選挙区に挑む首都圏の候補が、北・足立=東京12区(太田昭宏幹事長代行)、上尾=埼玉6区(若松謙維代議士)だからである。いずれ首都圏からのもう一人の候補である神奈川6区(上田勇代議士)の選挙区である横浜市の旭区・保土ヶ谷区の組織の会合にも出席することだろう。
  宗教活動に名を借りた事前の決起大会を行い、会長が「断じて勝つ」だの「不可能を可能にする」などと檄を飛ばし、「政党支持は自由」なはずの学会員を、宗教的呪縛によって熾烈な選挙活動に駆り出しているのである。こうした現実を見ずして、「政教分離を柔軟に考える」ことが危険であることは言うまでもない。

●沢たまき公明党参議院議員が死去
・8月10日付「公明新聞」「沢たまき参院議員が死去」
 「公明党参議院議員の沢たまき(本名山本昌子)さんが9日午前1時、虚血性心不全のため東京都千代田区の議員宿舎で死去した。66歳」

 ※テレビドラマ「プレーガール」のおネエ役として知られ、創価学会芸術部の副部長などを務めた沢たまきさんが8月9日未明に、参議院宿舎の風呂場で死去しているのが発見された。
  創価学会の広告塔の一人として選挙支援や、日蓮正宗攻撃などに従事していた沢さんは、平成8年に浮動票を集めるために衆院選に担ぎ出され、東京12区から立候補したが、反創価学会を標榜した自民党の八代英太代議士に惜敗。その後、平成10年に参議院比例区で当選していた。
  明年、改選時期を迎える予定だったが、任期中に66歳を超える議員は立候補させないとの定年規定に基づいて、名簿に登載されず引退することになっていた。しかし、沢さんはもう1期議員を務めたかったらしく、この決定に不満を漏らしていたという。
  どうやら浮動票を集めるために利用されたが、もう用済みということで切り捨てられたということのようだ。
  ちなみに「公明新聞」には沢さんの死亡記事が掲載されているが、10日付「聖教新聞」には沢さんの死亡記事は掲載されていなかった。

●公明党と石原知事が会談
・8月13日付「公明新聞」「浜四津代行など都本部の国会議員ら 来年度予算編成で石原知事から要請受ける」
 「公明党の浜四津敏子代表代行と党東京都本部の国会議員、都議は12日、都内で石原慎太郎知事と会い、国の2004年度予算編成に対する都の提案要求について協力要請を受けた」
 
 ※来年度予算編成を前に、東京都の要望を受けた公明党。会談の席上、浜四津代表代行は、「生活に密着した石原都政の実績を評価した上で、『東京は地方行政のお手本であり、リード役。公明党は石原知事と協調しながら、都民のための政策の実現に全力で頑張っていく』と述べた」という。創価学会嫌いと言われる石原氏だが、今年1月に行われた公明党東京都本部の賀詞交換会に出席し、公明党と連携していく意思を明らかにするなど、公明党との連携が目立つ。

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