特集/個人情報保護法と創価学会 H15.6.15号

「池田大作を守る」ためだった個人情報保護法案の成立

古川利明(ジャーナリスト)

 言論・出版・表現・報道の自由の抑圧を狙った「世紀の悪法」として、マスメディアから厳しい批判に晒されている個人情報保護法が、今の通常国会で与党三党の賛成多数で成立した。
 この法案が「個人情報保護」という、「人権尊重」や「反戦平和」などのお題目と同様に、誰もが文句のつけようのないネーミングを施しつつも、その真の狙いは、政治家や高級官僚といった「統治権力の座にいる個人」のプライバシーを完全に守ることで、結果的にマスメディア、特に週刊誌による権力スキャンダル記事の抹殺を狙ったものだということは、既によく知られている。
 しかし、この“言論出版妨害法”の強力な推進者が、じつは、公明党を完全にコントロールする池田大作・創価学会名誉会長であることは、あまり一般には知られていない。
 もっと言うと、この法律は公明党が政権与党入りした「九九年体制」の中で作られてきたのであるが、最終的に池田大作が与党入りを決断した理由は、この法律制定のためだったと、私は考えている。
 以下、その経緯を検証しながら、この法案にまとわりついてしまった胡散臭さをさらけ出すとともに、どうすれば、本来の趣旨に法律を蘇生させることができるのかを考えてみたい。

 公明党が言いだし、推進した

 これは永田町の常識であるが、創価学会はもとより、公明党の人事、さらには最高戦略意思決定権を握っているのは、池田大作である。とりわけ、衆院の解散や重要法案の審議といったことは、池田の決裁、承認を必ず受けなければならない。
 今回、個人情報保護法制定への動きが、突如として浮上してきたのは、公明党、すなわち池田大作の寝返りによって成立した、九九年の自・自・公以降のことである。
 そして、この法律の制定を言いだし、終始、主導権を握ってきたのが、公明党だった。それゆえ、そもそもこの個人情報保護法案とは、公明党というより、「池田大作マター」の話だったのである。
 そこで、この個人情報保護法案が出てくるまでの動きを説明すると、九九年四月の統一地方選が終わるまで、公明党・創価学会は外部のフレンド票獲得のため「反戦平和」のポーズを見せなければならなかったことで、野党に軸足を置くフリをしていた。が、選挙が終わり、地方議会での組織固めが終わると、一転して与党に擦り寄り、一連の重要法案の賛成に回ることになる。
 その手始めとして、九九年五月二十四日に新ガイドライン関連法が参院本会議で、自・自・公の圧倒的多数によって成立。で、法案審議は残る“盗聴・電子メール覗き見法”(=通信傍受法)、“官僚によるオンライン個人情報使い回し法”(=改正住民基本台帳法)に入っていくわけだが、このとき公明党は、改正住基法の成立条件として、「三年以内に、官民を含めた包括的な個人情報保護法を作れ」と強硬に求めたのである。
 こうした公明党の要求を丸飲みさせる形で、当時の小渕首相からは、九九年六月十日の衆院地方行政委で、「住民基本台帳ネットワークシステムの実施にあたっては、民間部門を対象とした個人情報保護に関する法整備を含めたシステムを整えることが前提である」との答弁まで引き出させた。ここから、住基ネットの稼働条件である「個人情報保護法」の制定への動きは一挙に加速していくのであ
る。

 “言論出版妨害法”にねじ曲げられた

 じつは、改正住基法の賛成条件として、「民間部門をも対象にした個人情報保護法を作れ」という主張を、突然、公明党政審会長(当時)だった坂口力が初めて会見で明らかにするのは、九九年五月二十五日のことである。
 ところが、なかなか興味深いことに、そのわずか三日前の五月二十二日付け京都新聞朝刊の記事によって、京都府宇治市のほぼ全人口分に匹敵する約二十一万人分の同市の住民基本台帳(住民票)が外部に流出し、民間のインターネットで販売されていた事実が発覚している。
 「住民票流出」という深刻なプライバシー侵害に、世論も非常に敏感になっており、全国紙もただちに後追いした。五月二十四日の自治省事務次官の定例会見の場でも取り上げられ、自治省サイドは「(住基ネットの)システムは完全に元の台帳データから切り離し、ネットワークの中から情報は漏れない」と述べるなど、何としてでも改正住基法案を成立させたい政府・与党としては、弁明におおわらわだった。
 こうした動きに公明党はすかさず乗っかる形で、「プライバシー保護の観点から、個人情報保護法を作らなければ、われわれは住基法の改正には反対する」と切り込んでいったのである。
 そして、何とも狡猾であるが、公明党が規制の対象にせよと主張していた「民間部門」に「新聞社、放送局、出版社」を入れ、さらに保護すべき「個人」の中に、統治権力の座にいる「公人」も含めることで、「マスコミ報道によるプライバシー侵害から、池田大作に象徴される権力者を守れ」という、“言論出版妨害法”にねじ曲げられていくのである。
 事実、九九年六月十日の小渕の国会答弁を受け、さっそく、同月二十三日に自自公三党によるプロジェクトチームの初会合が、マスコミを完全にシャットアウトした非公開の形で開かれているが、その場で公明党の議員からは池田の名前こそ出してはいないものの、はっきりと「報道被害によるプライバシー侵害を何とかしろ」と主張している。つまり、当初からこの法案は「言論出版妨害」を強く志向していたのである。
 当時の事情をよく知る大手紙のベテラン記者は次のように内情を明かす。
 「公明党の議員は、旧新進党時代の池田大作証人喚問に、国会内でピケを張って、絶対反対を訴えたように、池田を守ることを常に義務づけられているわけでしょ。とはいえ、明治時代の讒謗律や新聞紙条例のように、ストレートに言論を取り締まる法律はなかなかできない(笑)。だから、こうやって住基ネットの成立にかこつけ、何とか搦手から週刊誌を縛ろうとしたんだよね」
 また、現役の自民党国会議員は、今度の法案が「公明党主導」であるとしたうえで、こう指摘している。
 「自民党の中で、人権尊重だ、個人情報保護法制定だなんて声高に言ってる連中を見てみなさい。みんな、創価学会から票をもらっとる連中じゃないですか。彼ら(=公明党・創価学会)の言う『人権尊重』や『個人情報保護』とは、要するに『池田大作の“人権”、そして“個人情報”を守る』ということでしょ」

 “池田大作保護法化”させないために

 創価学会・公明党は、六九年から七〇年にかけて藤原弘達、内藤国夫の著作に対して「言論出版妨害事件」を引き起こし、さらに七六年に池田の女性問題を書いた『月刊ペン』の隈部大蔵編集長を、警視庁に根回しして逮捕に持っていかせているなど、もともと批判意見を封じ込め、抹殺しようとするファッショな体質を持っていた。
 しかし、それは、池田大作自身が「今、世の中は個人主義、自由主義になっているが、本当は全体主義が一番理想の形態だ」(七二年七月十五日の社長会)とはっきりと言い切っているように、そもそも彼自身のキャラクターに由来するものだ。
 そして、野党・新進党時代の九六年、『週刊新潮』の二月二十二日号で、元創価学会婦人部幹部・信平信子の「私は池田大作にレイプされた」との告発手記が掲載されたことにより、例の聖教新聞の中傷座談会を見てもわかるように、自らを批判し続ける雑誌媒体、とりわけ『週刊新潮』に対する池田の憎悪は、決定的に高まっていくことになる。
 つまり、こうしたメディア規制を狙った個人情報保護法案とは、「公明党・創価学会=池田大作」という、全体主義的な政治勢力が、「九九年体制」で政権中枢に入ったがゆえに、出るべくして出てきた法案なのだ。
 ただ、この法案も修正案では、メディア規制の根幹になると厳しい批判を受けた「基本原則」を全面削除するなど、だいぶ当初案よりはマイルドになってはいる。
 それゆえ、今後、運用の面で、この法律を“池田大作保護法化”させないためには、厳しく公明党・創価学会(=池田大作)の動きを監視し、批判を続けることにより、政権中枢への影響力を削ぎ落としていかなければならないだろう。その中で、法律の抜本的な改正を行い、池田大作に象徴される「権力者」ではなく、「民」のプライバシーを守る本来の個人情報保護法に変えていくことが必要である。(文中・敬称略)

古川利明(ふるかわ・としあき)1965年生まれ。毎日新聞、東京新聞(中日新聞東京本社)記者を経て、フリージャーナリスト。著書に『システムとしての創価学会=公明党』『シンジケートとしての創価学会=公明党』『カルトとしての創価学会=池田大作』『あなたが病院で「殺される」しくみ――システムとしての医療過誤』(いずれも第三書館刊)など。

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