[特集] 隠される「池田講演」の本音部分
本部幹部会発言にみる池田大作氏の虚と実 (2月15日号)

乙骨正生(ジャーナリスト)

 創価学会の池田大作名誉会長の著作は、いずれも「特別書籍」などと称される「大作の代作」グループの手によるものであることは、すでに多くの創価学会の元幹部や、本部職員の証言するところ。
 同様に、機関紙である「聖教新聞」に掲載される本部幹部会等の各種会合におけるスピーチにも大幅な修正と整理、加筆がなされている。というのも本部幹部会等での池田氏のスピーチは、もともと「大作の代作」グループによって、その日、話すべき主要テーマについてのシナリオが作られているのだが、「江戸っ子」を気取る池田氏は面倒くさがり、すぐに調子にのって脱線、ハチャメチャな話にしてしまったり、話の内容を端折り、アドリブに終始してしまうなどするからである。
 では、池田氏の実際の話と「聖教新聞」に掲載された池田氏の「スピーチ」には、どれほどの乖離が生じているのか。筆者は、昨平成十四年十二月八日に行われた第二三回本部幹部会(兼第三回中部総会・第一回東京青年部総会)と、今年の一月八日に行われた第二四回本部幹部会での池田氏の発言記録を入手した。
 年末・年始の本部幹部会ということもあってか、また、第二三回本部幹部会には創価学会インタナショナル(SGI)に所属する海外の会員が参加、第二四回本部幹部会には中国の南開大学の副学長一行が臨席していたこともあって、あまりみっともない話はできなかったのか、二回の本部幹部会における池田発言は従来の本部幹部会に比べればかなり抑制的であり、シナリオに割合忠実に沿っているが、それでも「聖教新聞」掲載の「池田スピーチ」とはそれなりの乖離があり、興味深い。
 そこで今回は、十二月八日に行われた第二三回本部幹部会での、実際の池田発言の冒頭部分と、「聖教新聞」に掲載された「池田スピーチ」について、両者の乖離ぶりを見比べてみることにする。
 なお、池田氏の発言記録は、発言テープを再生したものであるため、発音、語尾等が不鮮明で聞き取れなかった部分もあることをあらかじめお断りしておく。

 第二三回本部幹部会での池田発言と
 「聖教新聞」掲載スピーチ比較

☆池田発言
 大野俊三さん、みえてる?
 世界一のトランペット。お祝いにね。
【司会】世界的なトランペット奏者、中部音楽隊出身でもあります大野俊三さんによる演奏を行います。曲目はある恋の物語です。よろしくお願いいたします。(演奏)
 うまくなったね。……上手だね。嬉しいね。おいくつになったの。(五三歳です)若いね。健康第一で生涯頑張って、本当にありがとう。ご苦労様。音楽隊たのむよ。

★「聖教新聞」掲載スピーチ
 一、きょうは、中部出身の世界的なトランペッターである大野俊三さんが、皆さんの祝福に駆けつけてくださった。本当にありがとう!(大拍手)
 大野さんは、これまでたびたび、大きな試練におそわれたが、断じて負けないで、堂々と乗り越えてこられた。そして、世界中の人に希望の音色を贈り続けている。本当に立派だ。いつまでも、若々しく、健康第一で、頑張っていただきたい(大拍手)。

☆池田発言
 私はこれまで世界の指導者、知性の方々、著名人とはご存じのようにたくさんの機会があった。厖大です。もう世界でいないだろうという、その対談を通じて、うちの奥さんといろんな話をしながら、私は三つのことが後悔として残っていると。……
 一つは英語を勉強しなかったこと。これだけトインビー博士ね、多数の著名人と語り合う。自分はそうなっていることは知ってました。それで戦争中は英語は敵国語、できない。青年時代も必要性を感じながら、できなかった。本当に念です。
 戸田先生も私が世界の舞台で必ず出る、俺の代わりに出たら、もう先生、師匠の心はよーくよく。体が弱い。なんとかして健康になって、そのうち……。英語を勉強しなくてもいい。もう忙しいから。毎日……先生の借金と、借金取りと戦う。それはそれは壮絶な一日一日です。
 もう昼だか夏だか暑いんだか寒いんだかわかんないような一日一日を……。で先生が通訳を使え。通訳を使えばいいんだ。先生がパッと……。
 二つ目の悔い。それはいまいいましたけれど、今度は優秀な通訳がいない。通訳はできたけど優秀な通訳。特にトインビーあたりとの対談、これはもう大変な単語になります。優秀な通訳の人がつけばうれしい。
 三つ目の悔いは、……それはね、会いたくない人間と会わざるをえなかったこと。一方的に自分だけいい子になって、本当の対話ができない人間と付き合うことは損だ。こっちをバカにして自分だけいい子になろうなんて、そういうのは対話じゃない。利用なんです。……

★「聖教新聞」掲載スピーチ
 私は、これまで、世界の指導者や知性の方々と、たくさんの対話を重ねてきた。その対談を通じて、じつは、三つのことが後悔として残っている。
 あえて、この場で申し上げる必要はないかもしれないが、若い諸君に同じような後悔をさせたくはないし、ありのままを話させていただきたい。
 一つ目の後悔は、英語を勉強しなかったことである。
 青年時代、私は、英語だけは習得しようと思っていた。絶対に必要になることもわかっていた。しかし、当時は戦争中である。英語は敵国語とされ、勉強はおろか、使うことさえできない。
 また戦後は、個人教授も受けたが、その教師は月謝をとることばかりに熱心で、ろくに教えてくれなかった(笑い)。
 母がよく、家で採れた海苔をもたせてくれ、そのときだけは、少し、やる気になってくれたのだが(笑い)。
 そういうことで、青年時代、必要性を感じながらも英語の勉強を遂行できなかったことが第一の後悔である。
 一、戸田先生は、未来の世界広布を見つめ、語学の重要性を強く感じておられた。将来、自分の代わりに必ずや世界の舞台に出ていくんだ――この戸田先生のお気持ちが、私には、よくわかった。
 だからこそ、何としても英語だけは、勉強しておきたかった。しかし、青年部のリーダーとして、折伏・弘教の戦いを、断じて、ゆるがせにはできない。
 また、戸田先生の事業の再建に、一人、奔走していた身でもあった。春なのか、夏なのか、暑いのか、寒いのか――そういうことすら、わからない。壮絶な一日一日であった。
 戸田先生は、そんな私の体を心配されて、「おれの寿命をわけてでも健康にさせたい。身代わりになってもいい」とおっしゃってくださった。
 私は心で泣いた。
 そして、語学についても、「お前は、優秀な通訳を使えばいいんだ」と言ってくださったのである。
 一、二つ目の悔いは、その「優秀な通訳」に、なかなか、めぐり合えなかったことである。とくに30年前のトインビー博士との対談は、内容も高度で、多岐にわたり、通訳が大変に苦労した。
 また、2年越し、10日間にわたる語らいを終えたときのことである。トインビー博士が、ロンドンの格式高い特別な倶楽部に食事に招待してくださった。じつは、そこに招かれた人で、英語を話せなかったのは私一人(笑い)。通訳もいない(笑い)。トインビー博士は、大変に気をつかってくださった。素晴らしい人格の博士であられた。
 一、この点、今は、各国語とも、優秀な通訳が育ってきた。英語の矢倉涼子さん、中国語の洲崎周一さん、スペイン語のクリスティーナ森永さん、ロシア語の斎藤ベンツ・えく子さん、フランス語の松本恵吉さんをはじめ、多数の優秀な通訳の方々が、世界広宣流布の伸展に呼応するかのように次々と誕生し、活躍してくださっている。私は、本当にうれしい(大拍手)。
 一、さて、三つ目の悔いは、ある新聞社の記者のすすめで、ある政治家と会って対談したことだ。
 私は、その対談の相手とは、会いたくなかった。しかし、記者への義理もあり、対談をした。彼は、自分の政界や社会の名声だけを考え、こちらには言わせないようにしながら、勝手きままに気取りながら話を進めていった。
 それでは、対談ではない。私は会ったことを今でも後悔している。
 対話というのは、対等の人格者として、平等でなければならない。一方的な宣伝でなくして、真理・真実を互いに語り合わなければならない。ともあれ、この真実の中の真実の対話こそ、私どもの仏法対話であり、折伏・弘教なのである。

 ここに見られるように、「聖教新聞」に掲載された「池田スピーチ」は、実際の池田発言とは大分違う。「上手だね。嬉しいね。おいくつになったの」が、「大野さんは、これまでたびたび、大きな試練におそわれたが、断じて負けないで、堂々と乗り越えてこられた。そして、世界中の人に希望の音色を贈り続けている。本当に立派だ」となる。
 また、池田氏の初めて口にした「三つの後悔」なるものの内容も、
 一、英語を習得しなかった
 二、いい通訳がいなかった
 三、会いたくない人物と会った
 の三点は同じであるものの、その理由や背景については、実際の発言と「池田スピーチ」とでは、相当、乖離が生じている。
 例えば、英語を習得できなかった理由として「池田スピーチ」では、「青年部のリーダーとして、折伏・弘教の戦いを、断じて、ゆるがせにはできない。また、戸田先生の事業の再建に、一人、奔走していた」からだったとするとともに、吝い英語教師が満足に英語を教えてくれなかったからだとしているが、実際の発言では、吝い英語教師の話など一言もなく、「もう忙しいから。毎日……先生の借金と、借金取りと戦う。それはそれは壮絶な一日一日」だったからだと話している。
 それにしても、そもそも池田氏が若い時分に英語の勉強をしていたとは初耳である。池田氏が自らの来歴を綴った『私の履歴書』(日本経済新聞社刊)には、若い時分、向学心に燃えて読書や勉学に勤しんだとの記述はあるが、吝い教師について英語を習っていたとの記述は一行もない。
 むしろ、以前、語学について言及した文章において池田氏は、自らが英語を習得しなかった理由を、世界にはフランス語圏、スペイン語圏等と種々の言語世界がある中で、英語だけを身につけると、思考パターンが偏ぱになり、全世界の人々に平等に接する必要のある創価学会会長としては適切でないので修得せず、戸田会長からも「通訳を使え」と言われた旨、記述している。
 二つ目の後悔である「いい通訳がいなかった」でも、「池田スピーチ」では、トインビー博士との食事のエピソードや、現在はいい通訳として、池田氏が英語圏の要人・識者と会談する際には、必ず通訳を担当する矢倉涼子さん(元サザンオールスターズの大森隆志の再婚相手)などがいるなどと記載されているが、実際の池田発言にはこうした内容は含まれていない。
 多くの創価学会員は、池田氏を世界で高く評価されている偉大な宗教指導者であると信じ込んでいるが、そうした池田氏の権威・カリスマは、すべてこうしたトリックの積み重ねによって醸成されているのである。
 一昨年来、池田氏は「朝日新聞」「読売新聞」「毎日新聞」「産経新聞」の各紙をはじめ、多くの地方紙にインタビューや署名記事を掲載しているが、一連の記事も同様の手法によっていることは間違いない。
 創価学会が礼賛する人間・池田大作氏の虚像と実像の乖離。それはこんな小さいところからも窺い知ることができるのである。

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