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2006年02月01日

特集/強引な「池田礼讃」大合唱の虚と実

「日本人初」と舞い上がったロモノーソフ勲章受章の舞台裏
山田直樹(ジャーナリスト)

冷水浴びた破格の「礼讃記事」

 1年365日、池田大作創価学会名誉会長の「礼讃記事」を聖教新聞で目にする者から言わせてもらっても、これは“破格”の扱いだった。タイトルは長いので要約を記す。

 「ロシア安全保障アカデミーが池田SGI会長に教育・学術の最高栄誉ロモノーソフ勲章」(05年12月21日付)

 何が“破格”といえば、この記事は同紙面の1、2面続き物であり、翌々日の紙面も2〜3面ぶち抜きで同種の自画自賛記事が掲載されたほど。非才の筆者でも、ミハエル・ヴァルケビッチ・ロモノーソフが「ロシアの百科全書」的碩学だとは知っている。モスクワ大学の創設者であり、科学ばかりか詩でも秀でた人物だった(金星の大気を発見した人だと、中学生時代に教えられた記憶がある)。
 いやいやおめでとうございます。さぞや嬉しかったのだろう、21日付聖教紙1面には、池田名誉会長の両手を挙げた“バンザイ”写真まで載ってるじゃないか。ところが――。ケチのつくのも早かった。
 報じたのは約1ヵ月後の「週刊現代」(06年1月28日号)。簡単にこの記事の要旨を紹介する。
 まずは、勲章を授与したロシア安全保障アカデミーについて。00年に発足したこの研究機関は旧ロシアKGB、軍、内務省の重鎮が名を連ねる団体で、国家支援を受けない「民間団体」で国内支部が70ほど。1万2000人余のメンバーは国内外にいて、正会員、準会員、教授とで構成される。このうち半分が、博士号を持っているのだという。
 さて勲章をいただき、しかもアカデミーの「正会員」と「教授」に抜擢され、それらはすべて「日本人初」と聖教紙は、はしゃぐ。それに待ったをかけて、この記事に登場したのが五井野正氏。五井野氏は「日本・ロシア協会」(NPO)理事で、アカデミー「第一副総裁」の肩書を持つ。単純に考えて、「教授」より「第一副総裁」の方がエライんじゃないか。
 五井野氏の説明によると、(アカデミーの)正会員および教授に同氏が就いたのは04年2月。同年9月には、鳩山由紀夫・民主党幹事長も同様の肩書を得ている。おそらく、日ソ国交回復の道筋をつけた御祖父(鳩山一郎首相)の実績とは無縁ではなかろう。
 というわけで、「アカデミーの正会員及び教授に抜擢されたのは、池田氏が日本人初」との聖教紙報道はウソだった(そのくらい調べろよ!)。
 さらに肝心のロモノーソフ勲章である。これについてはそもそも昨年4月、五井野氏へ授与が決まっていて、秋の叙勲スケジュールまで設定されていた。ところが聖教紙は五井野氏への授章式を目前にした昨年10月2日、とつぜん「日本人初でロモノーソフ勲章が池田氏に授与される」と大々的に報じる。
 訝った五井野氏はアカデミー総裁のシェフチェンコ氏へ連絡、聖教紙の報道について伝える。総裁は困惑した様子だったという。そして、
 〈日本人初受章ではなくなることを気にかけて、アカデミーは私に、池田さんにロモノーソフ勲章を授けるべきか否か相談してきました。私は、『いいんじゃないですか。池田さんならアカデミー運営の資金的援助も期待できますから』とアドバイスしました。その結果、池田氏が受章できることになったのです〉(週刊現代記事より)
 なーんだという話である。しかし池田氏への叙勲舞台裏が、これほど鮮明にオモテへ出ることはめったにない。五井野氏への気遣いは、アカデミーをしてロモノーソフ勲章より格上の「ピヨトール大帝章=アカデミーの最高勲章授章」となった――。こちらはプーチン大統領やロシア正教会のアレクセイ2世らが受章している。

 造反会員に譲られた「初受章」

 ともあれこうした「佳日」ゆえ、池田氏のスピーチのボルテージも急上昇。久々(?)に、“ホンネ”らしきお言葉が飛び出した。
 〈私は19歳で立ち上がり、今日の大創価学会をつくりました。
 これは、戸田先生、牧口先生、そして全会員の皆さまの力である。
 私は、命を賭して戦った。師匠・戸田先生に全生命を捧げ、尊き仏子である学会員にありとあらゆる御奉公をし抜いてきたつもりである。そして、堂々たる大創価学会が築き上げられたのである。
 私は勝った!
 この勝利は、皆さまの勝利である。その証左としての今回の栄誉であると私は信じる(大拍手)〉
 要するに師匠へ命を預けて勝利したのだから、お前らも見習えと聞こえる。このスピーチの中で池田氏は本年が青年部結成55周年に当たると指摘、「広宣流布の大航海 難所を越えよ! 限界を破れ!」とハッパをかけている。だいたいにしてこういう御下命のある時は、該当部署の働きが悪いと言外におっしゃってる。これが池田語録の相応な解釈だと筆者は思う。
 しかしだ。“私が勝ったことは皆さまの勝利で、その証左として勲章が授けられた”とは凄い話ではないか。そもそも五井野氏の恬淡寡欲の申し出がなかったら、池田氏の受章すら覚束なかったはずだ。しかもその五井野氏は元創価学会員でもある。週刊現代は、
 「池田氏は皮肉にも、造反したかつての信者によって、『日本人初受章』の栄誉を譲られる形となったわけだ」
 と、指摘するがまさしくビンゴ。いったい池田氏は何に勝ったというのだろう。俗人がみるところ、ロモノーソフ章には授章対象のライバルがいて、評価の点で競り勝ったと理解するのが相応のようだ。だとすると池田氏は、造反者の五井野氏に勝利したと言いたいのか?

 ロモノーソフ引用スピーチの悪ふざけ

 ところでこのスピーチには、もうひとつ“見どころ”がある。以下、少々長くなるが引用する。
 〈なお、教師で大教育者であるロモノーソフが、教師に対して厳しく戒めていた言葉を、私は忘れることが出来ない。
 それは“尊大であってはならない”“軽率な追従者であってはならない”“狡猾な人間であってはならない”ということである。 
 もしも、そんな教師がいたならば、生徒は教師を嫌悪し、軽蔑するに違いないからである。
 また、ロモノーソフは生徒規則をつくり、『傲慢や不作法な言動をしないこと』を呼びかけた。
 これもまた、人間としての誠実さを教えたものといえよう。
 この点、学会のリーダーも、厳しく戒めてまいりたい。
 真面目な会員の方から、『幹部は、ふざけた話だけはしてもらいたくない。ユーモアはいいが、悪ふざけはやめてほしい』という切実な声が届くこともある。
 求道の志で、遠くから集まってくださる友。一生懸命に話に耳を傾けてくださる友――。
 尊い第一線の同志を軽く見たり、上から見おろすようなことは、絶対にあってはならないと思う。
 そういう傲慢な人間を、断じて許してはならない。
 そうしなければ、学会は、信用されなくなってしまうからだ。
 とくに、男性の幹部は心してもらいたい。
 責任ある立場であればあるほど、絶対に、いい気になってはならない。自らを厳格に戒めていかねばならない〉
 池田氏はハレの日に男性幹部へ対し、わざわざ注意(警告?)を、それも来賓の前で与えている。そういえば弓谷男子部長不倫解任事件など、昨年は幹部の事件も多々ありましたっけ。しかし我々は知っている。尊大で傲慢なのはいったい誰かを。「ユーモアはいいが悪ふざけはやめて」などいう“組織の恥”(相当レベルの低い)を晒して、来賓が喜ぶとでもお考えだったのか。
 もし仮に筆者が章を授与する側の来賓だとして、“偉大なロモノーソフ”を顕彰するならまだしも、「傲慢や不作法な言動をしないこと」を謳う生徒規則を拵えた点に評価の力点を置いたら、おそらく怒る。これは“悪ふざけ”にしか思えない。
 ところで、池田氏のロモノーソフ勲章受章については聖教新聞だけが報じたのではない。やはり一部地方紙も、わざわざ紙面を割いていた。データベースの日経テレコンで検索すると、ヒットしたのは2件。タイトルは、「池田氏に最高栄誉勲章 ロシア安全保障アカデミー」と「ロシア安保アカデミーから勲章―創価学会・池田名誉会長」。いずれも05年12月21日付で、前者は北陸の「北國新聞」、後者が「静岡新聞」。それぞれ92文字と167字分量の扱いだ。どうやら通信社の配信記事には見当たらないから、これは前記2紙の独自取材(?)か、情報が別のルートで流れて出来あがったモノらしい。
 いったいそれぞれの新聞社がエリアとする、石川や静岡県民と、池田氏の受章は何の関係・関連があるのか分からないが、地方紙と創価学会の関係がどんなものか垣間見せてくれた。おそらくこれを受け、聖教紙で行われる座談会などで「日本のメディアも注目した」とか書くんでしょうね。

山田直樹(やまだ・なおき)フリージャーナリスト。1957年生まれ。文庫本編集者、週刊文春記者を経てフリーに。週刊新潮に連載した「新『創価学会』を斬る」が「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の大賞を受賞。著書に『創価学会とは何か』(新潮社)。

投稿者 Forum21 : 2006年02月01日 02:35

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