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2007年10月20日

特集/朝木明代市議怪死事件報道で創価学会に全面勝訴

アレレ?「聖教新聞」が沈黙した「東村山事件」控訴審判決

段 勲 ジャーナリスト

昨年の5月16日付「聖教新聞」に、こんな記事が掲載された。
「『東村山デマ』を性懲りもなく蒸し返す
東京地裁 矢野現職市議と乙骨を断罪
賠償金170万円 謝罪広告の掲載を命令」
の3本見出しで、

 「『ガセネタ屋』乙骨正生が出しているデマ雑誌『FORUM21』(2004年1月15日号)の中傷記事で名誉を毀損されたとして創価学会が訴えていた裁判で、東京地方裁判所は15日、記事に登場した東京都東村山市議・矢野穂積と乙骨らを“断罪”し、損害賠償金170万円の支払いと、同誌への謝罪広告の掲載を命じる判決を下した」
 「問題の記事で矢野と乙骨らは、窃盗(万引き)容疑で書類送検された元東村山市議・朝木明代の転落死について、あたかも学会が関与した『他殺』であるかのごとき悪質なデマを捏造、学会が同年2月に提訴した」
 「判決は学会の主張を全面的に認める一方、……司法の場で断罪し尽くされたデマを性懲りもなく蒸し返しては墓穴を掘る矢野、乙骨が、いかに反社会的な言動を行っていたかは明々白々である」
 と、記事は結ばれている。

 1995年9月1日に起きた東村山事件は、乙骨正生氏が書いた『怪死 東村山女性市議転落死事件』(教育史料出版会)に詳しいが、学会が名誉毀損で訴えていたのは、本誌04年1月15日号の記事である。
 「座談会 やはり『他殺』だった朝木明代東村山市議怪死事件」のタイトルで、朝木明代さんの長女(朝木直子東村山市議会議員)、矢野穂積・東村山市議会議員、それに「FORUM21」の発行人でジャーナリストの乙骨正生氏の3人が、座談会形式で同事件を検証しているもの。
 再読してみた。朝木直子さんは娘の立場から母を、矢野穂積議員は朝木明代さんの同僚議員として朝木明代さんの議員活動ぶりを、また乙骨氏はジャーナリストの目で、同事件の深層を語っている。座談会は、事実に照らし、事件の経過を淡々と話し合っている中で、当然、創価学会問題も登場した。生前、朝木明代市議会議員は、創価学会と公明党の問題、それに、人道的立場から“脱会者”救済等の活動議員として、名前が全国的に知られていた女性だったからである。

 つい数時間前まで談笑しながら共に食事をし、しかも当日、母娘一緒に旅行まで予定していた母が、ビルからいきなり飛び降り自殺を図るなど、娘にとってはとても信じられない。自殺を強く疑い、「他殺」の線に目を向けるのはしごくもっともなこと。しかも「他殺」の可能性を示す事実が次々に判明したのである。
 そうした座談会記事を創価学会は、名誉毀損されたとして訴え、冒頭のような第1審の判決となったのである。さらに「聖教新聞」は、この第1審判決が下った10日後の紙面(「創立80周年へ 前進と勝利の座談会」)に、青年部長、男子部長、担当弁護士等までが登場し、再び、「東京地裁ガセネタ屋乙骨を断罪 170万円の賠償、謝罪広告を命令」と、大々的に報じた。

 「ガセネタ屋の乙骨のやつが」、「乙骨のデマ雑誌で」……。同紙、550万人の読者は、「また学会が勝った」、「乙骨は断罪された」と、思っているはずである。
 だが、同裁判は控訴審の判決(07年9月26日)では、1審判決が破棄され、創価学会は全面敗訴となった。
 1審判決をあれほどデカデカと報じていた「聖教新聞」は、この控訴審判決をただの一行も報じていない。これでは新聞のモラルを問う前に、550万人の読者を騙している形になる。
 毎号「創価学会関連裁判報告」で勝ち負けを正直に報告している“ガセネタ雑誌”「FORUM21」を少しは見習ってはどうか。

段 勲(だん・いさお)フリージャーナリスト。1947年生まれ。週刊誌記者を経て、創価学会・公明党など宗教問題をはじめ社会・世相、医学・健康等をレポート。『私はこうしてがんを克服した』(日本能率協会)『鍵師の仕事』(小学館)『宗教か詐欺か』『創価学会インタナショナルの実像』(共にリム出版)『定ときみ江 「差別の病」を生きる』(九天社)など著書多数。

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2007年06月15日

NTTドコモ事件判決・認定された創価学会青年部幹部の犯行関与

全容究明へあいた風穴
その先にこそ真相が……

本誌編集部

闇に葬られた“本命事件”

 「2人の勇気ある告発がなければ、組織的犯罪の疑いが強いこの事件の真相は闇に葬られるところでした」――平成15年10月に結成した「創価学会関係者によるNTTドコモ通信秘密侵害事件の真相究明を求める会」の設立趣意書はそう述べている。
 実行犯嘉村英二の通信記録盗み出しは少なくとも4件。前3件は反創価学会活動家を標的にし、最後の1件は創価大学剣道部監督の女友達の素行調査という、いわば“ついで”の犯行だった。警察はその事実を知りながら、最後の1件だけを立件し、事件の本筋である3件は一度、闇に葬られた。
 佐藤せい子(日蓮正宗・妙観講副講頭)と福原由紀子(創価学会脱会者)、この2人の刑事告発や短期間に1万人超の署名を集めた「真相究明の会」の運動がなければ、事件は闇から蘇ることがなかっただろう。二人の刑事告発状はこう述べている。
 「告発人らの反創価学会活動を嫌悪し、(告発人らの活動に関する)情報を把握するため」に行った犯行であり、「たんに電気通信事業法に違反するだけでなく、本質的には憲法の保障する信教の自由(第20条)、通信の秘密(第21条2項)を侵害する悪質な犯行である」。そして警察が前3件を立件しなかったのは「なんらかの圧力により警察の捜査方針が1日で急変したものと疑うにたる十分な理由がある」。
 事件の本質は、まさにそこにあった。告発を受けた東京地検の捜査で、嘉村らの標的は本誌発行人の乙骨正生にまで及んでいたことも分かった。
 しかし、地検も嘉村の「個人的興味に基づく個人的犯行」という主張の前に挫折してしまう。平成16年12月の刑事裁判の判決公判で言い渡された判決文も「(個人的犯行という主張は)にわかに信用しがたい」としながら、それ以上踏み込まなかった。だが「嘉村とは一面識もなく、私たちの通信記録を盗むメリットもない。彼に犯行を指示した背後関係なしに事件はなりたたない」(佐藤告発人)ものだった。警察・検察・刑事裁判が閉ざしてしまった扉を押し開け、その奥にある真相に挑んだのが今回の民事訴訟だといえる。

 副青年部長の関与認定

 被告創価学会関係者側は口をそろえて、従前通りに嘉村単独犯行を唱えた。だが民事判決は、こう述べて、その主張を斥けた。
 「嘉村と原告(乙骨)及び福原の間に敢えて違法行為を実行してまでして(通信記録を盗むような)人間関係が認められない」「本件不正アクセスは被告嘉村が第三者からの依頼により行ったものであることが推認できる」
 判決はさらに、警察も検察も触れなかった佐藤せい子への不正アクセスも認定し、これも「他人からの依頼に基づくものであることがうかがわれる」と指摘した。乙骨はジャーナリストとして、福原はタレントとして有名だったから「個人的興味」を持ったという嘉村ら学会側の主張がこれで、全くなりたたなくなったのである。そして判決は、各種の証拠や被告の供述を詳細に検討した結果、「被告嘉村は、被告根津の依頼又は指示に基づき、本件不正アクセスを実行したもの」と嘉村に依頼した第三者は根津丈伸だったと認定することで、被告学会側の主張する単独犯行説に初めて風穴があいた。根津は当時、創価学会全国副青年部長の要職にあった。
 事件発覚直後、嘉村はNTTドコモなどの上司に調査された。そのさなか嘉村はひそかに根津に電話を入れて、調査への対応の指示をあおいでいる。そして彼は“根津の指示は絶対のもの”という趣旨を証言している。創価学会内部の隠された“指揮系統”を垣間見るような事実である。

 動機そして目的は?

 一方、NTTドコモは「(携帯利用者との)約款には通信の秘密を保全する義務は定められていない」と、一般の常識では唖然とせざるを得ない主張をした。判決はこれを「通信の秘密は憲法上認められた権利であり、たとえ私人間における携帯電話の利用契約であっても(秘密保全が)当然の前提となっている」と斥けたが、通信事業者の社会的責任が問われる現実を見せつけられた。
 創価学会には電話盗聴という前歴もある。今回の民事判決では学会幹部による通信の秘密侵害という事実が認定された。事件の全容解明への一つの風穴はあいた。だが根津はどんな利害関係と動機のもとに関与したのかという肝心な部分がまだ解明されていない。原告が創価学会の法的責任を問う理由もそこにある。風穴の向こうにはまだ厚いベールが張られている。(文中・敬称略)
 
【NTTドコモ事件とは】
 平成14年9月、創価学会男子部幹部で創価大学剣道部監督・田島稔の交際相手の携帯電話の通話記録を違法に引きだし、盗み出したとして、創価大学OBで男子部の活動家でドコモ子会社社員だった嘉村英二と、嘉村に通話記録の盗み出しを指示・依頼したとして全国副青年部長で創価大学生課副課長の根津丈伸、根津に通話記録の盗み出しを依頼したとして田島が、電気通信事業法違反や窃盗容疑で逮捕・起訴され、同年11月有罪判決(第2事件)を受ける。
 この事件の捜査過程で、嘉村が福原由紀子や佐藤せい子の通話システムに不正にアクセスしていた事実が発覚。しかし警察・検察は両人の事件を立件しなかったことから、15年5月に両人が嘉村らを東京地検に刑事告発。
 再捜査に着手した東京地検は、16年10月に嘉村を再逮捕(第1事件)。その捜査の過程で、嘉村が福原のみならず本誌発行人の乙骨正生の通話記録を違法に引きだしていた事実も発覚。しかし嘉村は、犯行は「個人的興味に基づく個人的犯行」と主張。裁判所は「にわかに信用できない」としたものの、同年12月起訴された嘉村のみを有罪とした。しかし乙骨は、犯行は根津の指示による創価学会の組織的犯行の疑いがあるとして、17年9月に真相究明を求めて嘉村・根津・創価学会・創価大学・NTTドコモを被告として民事提訴していたもの。

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2005年06月01日

特集/詐欺、殺人、汚職―頻発する「学会員の犯罪」

巨額かたり融資詐欺事件を引き起こした「創価学会=池田大作」の金権体質
古川利明 ジャーナリスト

のっけから、今回のテーマとは一見、全く関係のないような話で恐縮だが、この4月にJR西日本の福知山線で脱線事故が起こり、じつに乗客100人以上が亡くなるという痛ましい大惨事となったのは、記憶に新しい。
 こうした「絶対に安心、安全」だと思っていた鉄道の「ありえない事故」について、運転士が前の駅のオーバーランの遅れを取り戻そうと、通常を遙かに上回る時速100キロ超のスピードで急カーブに突っ込んでいったため、車輪が脱線し、沿線のマンションに激突してしまったことは、既にこれまでの報道で明らかになっている。
 こうした前代未聞の大事故に対し、もちろん、当該電車の運転士の責任は免れようもない。が、しかし、それ以上にいま、厳しく追及されているのが、収益を最優先するあまり、安全対策をおろそかにしていたJR西日本の「体質」である。つまり、「カネ儲け」の前には「乗客の安全」など二の次だという、深刻な「モラル・ハザード」である。
 結論から先に言うと、今度の創価学会迎賓館建設話などに絡む「巨額かたり融資詐欺事件」も、このJR西日本の脱線事故と全く同じことがいえるのではないだろうか。

 「池田大作のウラ」が犯行のヒント?

 警視庁が摘発した「巨額かたり融資詐欺事件」とは、創価学会の迎賓館を建設するなどといった架空話を持ちかけ、巨額の融資をみずほ銀行から騙し取ったとして、主犯格とされる川村克彦(53=犯行当時は創価学会員)ら計7人を、詐欺などの疑いで逮捕したものである。
 これまでの新聞報道によれば、川村は03年12月ごろ、同行国分寺支店長らに対し、「私は池田大作名誉会長の秘書である」と名乗って信用させ、国立市内に創価学会が迎賓館を建設するという話を持ちかけ、融資金約1億4000万円を受けた疑いが持たれている。川村はこのほかにも、八王子市内に創価大学の学生寮を建設するという話を持ちかけ、同支店から約10億円もの融資を引き出した余罪もあるという。
 川村は元創価大教授の女性を「母親」とする養子縁組を結んでおり、「その母親と池田大作は以前から相当、親密な関係にあった」という内部からの情報を私は掴んでいる。そうした関係から、「川村は母親から、表からはなかなか窺い知れない池田大作のウラをいろいろと聞き出し、それをヒントに犯行を思いついたのではないか」という見方をする捜査員もいる。
 今度の詐欺事件について、現段階では、逮捕された川村克彦らによる“個人犯罪”という筋書きで捜査は進展している。
 例の迎賓館建設話が本当に「架空」だったかどうかはともかく、法務局への土地の売買登記の段階で、川村らが偽造の収入印紙を使用している点に、詐欺罪の構成用件である「だまそうとした」という、「犯意の立証」は可能だと私はみている。それゆえ、JR西日本の脱線事故における運転士と同様、川村ら個人の「刑事責任」は免れられないのではないか、と思う。
 しかし、川村らそれぞれの個人をあたかも「トカゲのシッポ」のように切り落とすごとく、「すべては川村たち個人が勝手にやったことで、組織としてはあとは知らぬ存ぜぬ」と、この事件の幕引きを図ってもいいのだろうか。

 金権体質が数々のスキャンダルを生んだ

 JR西日本の脱線事故が、その組織が宿命的に抱える「体質」に由来しているのと同様、こうした今回の「巨額かたり融資詐欺事件」も、「創価学会=池田大作」の金権体質抜きには、決して起こりえない。
 こうした金権体質の具体例を挙げていったら、それこそキリがないが、例えば、89年6月、横浜市旭区の産廃施設場で、現金1億7500万円の入った耐火金庫が放置されるという“ミステリー”が起こった。しばらく経ってから、池田大作の側近で、文字通り、池田の「金庫番」だった中西治雄が「持ち主は、じつは私」と名乗り出たことから、「そんな大金をゴミのように捨てるとは、創価学会と池田大作は、よっぽどカネが余っているのか」と、世間を驚かせた(ちなみに、中西は池田の大蔵商事営業部長時代の部下である)。
 また、これに続く金銭スキャンダルとしては、91年3月に朝日新聞のスクープによって、ルノワールの絵画を転がすことで、15億円もの裏金を捻出していたことが明るみになっている。これは学会系列の富士美術館が、三菱商事という“ブラック・ボックス”を経由する形でアートフランスから購入する手口によるものだった。ここでは相当の金額を水増しする形で購入したように見せかけることで、巨額の裏金は、文字通り、闇の中へとすっぽり消えていってしまったのである。

 池田キャラクターと非課税特権が体質の土壌

 このような「創価学会=池田大作」の「金権体質」を生む土壌には、大きく二つあり、まず、第一に、池田大作自身のキャラクターである。
 それは、戸田城聖が経営していた高利貸し業「大蔵商事」で池田が営業部長を務めたことで、ピンハネやキックバックといった裏金捻出方法も含め、「カネの持つ威力」を自らの血肉化された体験によって熟知したことである。
 もう一点は、宗教法人法によって、「信教の自由」の名のもと、カネの出入りが事実上、“治外法権化”していることである。法人税、固定資産税は専ら「宗教活動」に関わるものについては、まったく課税されない。つまり、「宗教活動」と名がつけば、1円たりとも税金を支払う必要はないわけで、それゆえ、一般企業ではまず不可能といっていい巨額の資産形成が可能となる。
 こうした二つの要因をもとに、65年に正本堂建立名目で、公式発表で「355億円」(現在の資産価値に換算すると、その約10倍に相当)ものカネをかき集めたことをきっかけに、大手都市銀行の目の色が変わることとなる。池田大作の元には、銀行のトップらがコメつきバッタのごとく、日参していたことが、元学会顧問弁護士・山崎正友氏の内部告発からも、既に明らかになっている。
 〈支店長だけでなく、頭取、副頭取といった首脳も、池田氏に面談を求めては、精一杯ゴマをすっていた。三菱の田実渉、中村俊男の頭取副頭取、富士の岩佐凱実頭取……。
 池田氏も心得たもので、そのゴマすりが気に入ると、ポンと数億円の預金を土産に与える。〉(『週刊新潮』82年3月18日号)
 とりわけ、池田大作の旧三菱銀行に対する発言力は絶対的で、「私が一声かければ、三菱は私の指定する人に、三百億までは無担保で貸すといってる」と豪語していた事実を明かしている。

 厳しく問われる池田大作の“使用者責任”

 それゆえ、こうした「創価学会=池田大作」の、旧三菱銀行をはじめとする大手都市銀行に対する巨額預金の存在ゆえに、例えば、旧三菱銀行とその系列の三菱商事と「三位一体」による全国の規模での墓苑開発ビジネスや、さらには前述したような、ルノワールの絵画転がしによる、巨額の裏金捻出も可能となるのである。
 その意味では、今度の迎賓館建設話などにまつわる巨額かたり融資詐欺事件も、捜査当局がどこまで全容を解明できるか(もしくは、解明する気があるのか)はわからないが、銀行も“共犯”として参画することで、「池田大作名誉会長の秘書」を名乗っていた川村克彦らを経由し、「創価学会=池田大作」が最終的にその土地を高額で買い上げる(=転がす)ことで、あのルノワール疑惑と全く同じ手口で、巨額の裏金を捻出することは、少なくとも、技術的には可能だったわけだ。
 「魚は頭から腐る」のことわざの通り、今度の「巨額かたり融資詐欺事件」は、何度でも言うが、「創価学会=池田大作」の金権体質抜きに、絶対に語ることはできない。
 であるなら、何よりも組織のトップである池田大作の・使用者責任”を厳しく問うとともに、こうしたトンデモない詐欺事件を引き起こすバックグラウンドともなっている、「宗教法人の非課税特権」にも徹底したメスを入れていくことが必要だろう。  (文中・一部敬称略)

古川利明(ふるかわ・としあき)1965年生まれ。毎日新聞、東京新聞(中日新聞東京本社)記者を経て、フリージャーナリスト。著書に『システムとしての創価学会=公明党』『シンジケートとしての創価学会=公明党』『カルトとしての創価学会=池田大作』『デジタル・ヘル サイバー化監視社会の闇』(いずれも第三書館刊)など。

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2005年03月01日

「怪死事件」の東村山市で公明市議らが認可保育園妨害工作

地方行政と創価・公明―市民愚弄の行状
矢野穂積
東村山市議会議員

 東村山といえば、志村けん。わずか人口14万のこの町が全国的に知られるようになったことに大きな貢献したこの芸能人が最近、再び渋い活躍をしているのは嬉しい話だ。というのも彼の実兄が市職員で、普段はにこりともしないのに私の同僚の朝木明代議員とは、にこにこと駅前地下駐輪場構想などを語っていたということがあるからだ。
 そして、この朝木明代議員こそ、次に東村山を全国的に有名にした人物である。断トツの連続トップ当選した現職市議が、1995年9月1日に西武線東村山駅前のビル上層階から何者かによって落とされて殺害されたのだ。しかも、高知で予定された「創価問題シンポジウム」に出かける前日夜の事件だった。現在のところ事件の真相究明は、数年を要してようやく公表された司法解剖鑑定書によって、朝木明代議員が何者かによって殺害されたことが判明したに留まっている。
 依然として、この殺害事件とは無関係を強調する創価学会が、未だになぜか「東村山デマ事件」と呼び、勝手に遺族や私を攻撃していることは指摘しておく必要があろう。この事件の経過等はここでの主題からそれるので、私と故朝木明代議員の長女直子さんの共著『東村山の闇』(「第三書館」刊)、そして本誌昨年1月15日号に「新事実が明らかになった東村山事件」という特集記事が組まれているので、これらを参照して頂きたい。

 公明市議使い、保育園つぶしの動きを開始

 さて、以下に紹介するのは「福祉」を金看板とする創価学会・公明党が、福祉施策の推進を児童福祉の現場でいかに阻害しているか、という実際に発生した問題である。
 創価学会は、一昨年の2003年1月から、東村山市内で認可保育園を新設しようと努力する側に対し、本部信濃町ぐるみで公明市議・都議らを使って派利派略をむき出しにして、同業者・認可外保育所関係者らと組んで妨害を繰り返したのである。
 東村山市は全国でも有数の保育所入所待機児の多い町で、毎年そして現在でもなお200人を超えていて、厚労省に保育担当職員が呼ばれて対策の強化を指示されるという事情にある。認可保育所が少ないことに加えて、認可外保育所は月額保育料を1人5万円もとるなど、とても子育て支援を語れる環境になかった。
 そこで、私達は「FMコミュニティ放送局」を開局するために設立し都知事の認証を受けていたNPO法人の事業の一つとして、認可外保育所(0歳から2歳まで保育)を開設した。保育料を低く抑え、熟練した保育士らを招請して家庭的な良質の保育を提供しようというものだ。その後、この保育所は約半年足らずで、東京都により認証保育所として認知されるに到る。私達は、NPO法人の役員としてこの保育所を引き続き応援した。
 また、保育所の運営理念が保護者多数の支持を集め、常に定員一杯の状態となった。そして、保護者多数から、0〜2歳だけでなく、就学前の5歳まで保育できる認可保育所をぜひ作ってほしいとの要望が相次ぎ、この東京都認証保育所「りんごっこ保育園」は、2002年初め園長を中心に、私や故朝木明代議員の長女の朝木直子さんらNPO法人の役員が応援して、認可保育園新設に取り組んだのである。
 一方、1995年9月に発生した朝木明代議員殺害事件以降、創価学会とは名誉毀損訴訟を互いに提起しあうという緊張関係が続いていた。他方、認可保育園の新設は、東京都が児童福祉法に基づく「児童福祉施設最低基準」を満たしているとして園舎の基本設計を了解し、建築確認の下りた2003年1月、着工した。ところが、ついに創価学会は地元公明市議を使い同業者・認可外保育所(「空飛ぶ三輪車」)関係者らと組んでこの新設認可保育園「りんごっこ保育園」つぶしの動きを開始した。
 東京都は当初、園舎も右基準を満たして完成しており、設置認可に必要な書類も揃っているので、認可の要件は整っているという態度だったが、法定の「児童福祉施設最低基準」を満たしているにもかかわらず、公明市議及び同業認可外保育所職員の市議が「庭が狭い、園舎が狭い」などと叫び、自民や生活ネット市議を巻き込んで、この「新設認可保育園」関連の予算(保育実施委託料等)を東村山市当初予算から削除してしまったのである。東京都は当初の態度を翻し、予算が確保されていないので、新設保育園の認可はしない、などと園長に通知してきた。この結果には、公明都議らの働きがあったことは誰も否定できまい。
 結局、2003年4月開園予定で、園舎も完成し、職員も正式採用していたが、この認可保育園「りんごっこ保育園」は開園ができないばかりか、雇用した職員の処遇、融資の利払い、維持管理経費等莫大な経済的損失を被ることとなったのである。

 地裁の和解勧告に都・市が同意、
 園舎完成後1年半で開園にこぎつける

 一方、創価学会寄りの助役に誘導され、また6名の公明市議(第2党)らに揺さぶられて市長は無策だった。
 やむなく、園側は2003年6月、東京都知事がこの新設保育園を「不認可」としたことの取り消しと、損害賠償を請求して、都、市、市議会らを提訴した。ところが、東京地裁行政部裁判官は、口頭弁論開始直後から「法定の基準を満たしている保育園の不認可は違法」との見解を示し、2004年4月、「認可し保育園を開園させるよう」にとの職権和解勧告を行った結果、東京都、東村山市(代表市長)は同年7月12日裁判所の合意案に同意した。この間、公明市議らは、公費出張扱いでこの和解協議の席に加わり「定員を減らせ」などと要求、園長側はこれをも受入れて、4名減の定員とすることにしたが、公明市議らはなお抵抗を続けたため、「合意しないなら『数千万円の損害賠償つきで認可拒否は違法』という判決にしますが、いいんですか」と裁判官に再三言われ、ついに東村山市を代表して市長は最終合意した。
 都が認可し、市が園長と保育実施委託契約を結び、この「りんごっこ保育園」は、園舎完成後1年半、ようやく10月1日開園した。しかし、公明市議らは同業者・認可外保育所職員の市議と、この合意に必死に抵抗、一度は、自民・公明・民主の与党3党で合意に同意しておきながら、これを翻したほか、10月1日の開園直前の9月市議会最終日には、保育実施委託契約に基づく保育実施委託料など保育園関係予算の支出をとめようとし、続いて市長が専決処分で予算を支出した後、10月30日の臨時議会でこれを不承認とするなど、一貫して認可保育園「りんごっこ保育園」つぶしに狂奔してきたのである。これが、「福祉」の創価学会・公明党の実像というほかない。
 しかも、このことが本部ぐるみだという証拠がある。2003年4月23日付「聖教新聞」4面に、この「りんごっこ保育園」新設計画について、「なぜか役人の独断専行で、コッソリ計画が進められていたんだな」という創価本部の佐藤総合青年部長の発言が掲載され、ご丁寧に、この欄には「座談会」出席者として創価学会・秋谷会長、青木・原田副理事長ら幹部の写真まで掲載した。私が市議会決算委員会で、この箇所を指摘し「この記事は事実か」と質したところ、市側は「そのような事実はありません」と明確に答弁した。「聖教新聞」記事がデタラメであることがはっきりしたのである。公明市議らも会議室内にいたが、この質疑応答が衝撃的だったことから、静まりかえっていたほどだ。

 議長・監査役に公明市議が居座って執拗な妨害

 昨年10月の開園をめぐり、裁判所での合意を履行しようとする市長を支持する自民議長が、公明市議らによる関係予算否決という不穏な動きに対して、自然流会させて、関係予算は市長の専決処分で執行された。が、公明市議らは質の悪い民主市議と手を握り、自民議長に詰め腹を切らせ、公明市議が議長となった。ところが、なんと、議会選出の監査委員に居座ったままで、交代しようとしない。前代未聞の珍事、いや「創価独裁体制」というべきかもしれない。
 関係者の顰蹙を買った開き直りを続けたのは、このポストを利用して仲間の提起した住民監査請求を監査委員として認容しようという作戦のように見えた。
 案の定、昨年12月9日に、同業者・認可外保育所職員の市議らが裁判所での合意を履行しようとした市長の予算執行の専決処分を取り消せ、園側との保育実施委託契約を破棄せよ、園側に支払った保育委託料を市に返せ、などというあきれた住民監査請求を提起した。
 しかし、東村山市監査委員は3名で、税理士会推薦委員が2名おり、公明市議だけではなかった。この監査請求は結局、却下され、あわれ門前払いの結果となったのである。
 議長兼任監査委員の思惑通りにはいかず、最後に作戦が破綻をきたすという愚かな結末となった。この議長兼任監査委員、その名は川上隆之市議という。

矢野穂積(やの・ほづみ)東村山市議会議員。1947年愛媛県松山市生まれ。東京外国語大学卒。故・朝木明代市議と「草の根市民クラブ」を設立。著書に『東村山の闇』(共著・第三書館)。

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2004年12月15日

新聞・テレビが報道しない「八葉事件」に落とす創価学会の影

 小誌五月一日号の特集「露わになった創価学会の金権体質」で詳報した八葉グループが摘発され、熱心な創価学会員だった田所収名誉会長が、警視庁・沖縄・愛媛両県警の合同捜査本部に詐欺容疑で逮捕された。

 すでに一般紙でも大きく報道されているが、事件の概要は、「マルチ革命」を標榜した田所容疑者ら全国八葉物流の幹部らが、平成十一年十一月から今年一月までの間に、全国各地の約四万八千人から千五百四十九億円を集めたというもので、被害の規模は約二千億円を集めた豊田商事事件に次ぐ大型の詐欺事件となる。
 五月一日号の特集記事でも触れているが、全国八葉物流と創価学会には類似する点が数多く見られる。例えば田所容疑者は、自らの役職名を会長・名誉会長にしていたが、これは創価学会の池田大作会長・名誉会長と同じ。また、全国八葉物流は、全国を十四の方面に分け、その責任者をゾーン長と称していたが、創価学会も全国を十三方面に分け、ゾーン長という役職を設けている。そもそも「八葉」という名称は、「八葉蓮華」の略であり、創価学会のマークはこの「八葉蓮華」をデザイン化したもの。しかも全国八葉物流のシンボルマークに使われている赤・黄・青の三色は、創価学会のシンボルカラーと全く同じものなのである。

 さらには田所容疑者の発言も、創価学会の池田名誉会長が、組織運営や人心収攬のために使用する用語をそのまま援用、あるいは受け売りしたものであり、両名誉会長の発言録は実によく似ているのである。
 例えば、八葉グループの機関紙である「八葉新聞」の平成十三年十二月一日号に掲載された田所容疑者の「指導語録」には、こんな一文が載っていた。

 「皆さん方は八葉の宝です。本当に真実、どんな障害が起ころうとも、永遠に絆を断ちきるわけにはいかない『師弟不二』でありたいと願っております」

 ここで使われている「師弟不二」とは、師匠と弟子が一体になって仏法を護持・伝持するという意味だが、創価学会では、弟子は師匠のために粉骨砕身働くという意味を強調、池田氏が創価学会の信心の要諦だとして恒常的に口にする言葉である。

 昨年十一月時点で、すでに全国八葉物流は破綻の危機に直面していた。だがそうした破綻直前の状況の中、全国八葉物流は、十二月一日から「新春お年玉獲得大キャンペーン」を展開。新規会員を加入した際に会員に支払う紹介料を、従来の三十万円から三十五万円に増やすなどして会員の尻を叩き、新たに一万人を入会させるなどして百九十五億円もの資金をかき集めた。
 警視庁・沖縄・愛媛両県警による合同捜査本部は、破綻が決定的であることを認識していたにもかかわらず、資金繰りが悪化していることを隠してかき集めたこの百九十五億円が詐欺にあたると判断して立件に踏み切ったが、この詐欺行為を煽り、会員の士気を鼓舞し、尻を叩くための言葉として使われていたのが、この「師弟不二」だったのである。
 おそらく田所容疑者も、池田名誉会長が「弟子は師匠を守ることが使命」だとアピールする「師弟不二」論にならって、「マルチ革命」の実践者である弟子の会員に対して「師弟不二」を強調し、「マルチ革命」を指導する師である田所容疑者と弟子は一蓮托生なのだから、「俺や組織を守」るために金を集めろと檄を飛ばしたのだろう。

 それにしても「人間革命」を強調する池田名誉会長に対し、「マルチ革命」を主張する田所容疑者。両者の発言は、先の「師弟不二」の他にも、「家庭革命」「経済革命」「異体同心」など、同一のフレーズが多い。例えば全国八葉物流の機関紙「八葉だより」にはこんな創価学会用語が並んでいる。

 「水魚の思いをなして異体同心で組織を守っていこうと、また、組織は私の命です」
(「八葉だより」第五号)

 「異体同心の団結で、世界一仲の良い同志、世界一うるわしい組織を作ろう」(同第七号)

 そして、思考パターンもそっくりである。
 というのも池田名誉会長は、昭和三十五年に創価学会会長に就任するやいなや、邪宗撲滅を宣言。創価学会は「宗教界の王者」だとして、宗教界をリードし、誤った宗教に迷う民衆を救済するなどと発言したが、田所容疑者もまた従来のマルチ商法を批判し、「我々がマルチ業界をリードしていかなければならない」「悪質なマルチ商法の被害者を救済したい」などと発言している。
 「宗教」と「マルチ」の違いはあれ、その発言を比較すると、思考パターンが極めてよく似ているのである。
 もともと田所容疑者は、約二十年前に沖縄でステンレス鍋セットを使ったマルチ商法を始めたことを皮切りにさまざまなマルチ商法に手をつけたが、いずれも失敗。平成六年には訪問販売法違反で千葉県警に逮捕され、罰金刑まで受けていた。その田所容疑者が、起死回生の一手として打ったのが、創価学会の組織的拡大のノウハウ、池田発言の活用だったとみて間違いない。
 それにしてもこれほど池田名誉会長の発言とソックリの発言を、機関紙紙上に堂々と発表し、マルチ商法を全国的に大々的に展開している全国八葉物流、田所容疑者の動きを創価学会が知らなかったはずはない。
 五月一日号の特集でも指摘しているが、田所容疑者が学会員だったことは創価学会も認めている。また、八葉グループの幹部名簿によれば、熊本県では創価学会の支部長や地区部長、地区婦人部長、元公明党市議などが幹部として名を連ねている。この他、販社クラスの幹部にも、多数の学会員がいることが分かっている。

 全国八葉物流の破綻が懸念され始めた昨年秋以降、学会本部の広報室幹部が情報収集を行っていたことからも、創価学会は八葉グループの動静を知悉していたものと見られている。だが、創価学会は事前に会員である田所容疑者に注意や指導を行った形跡は窺えず、全国八葉物流が東京地裁から破算宣告され、破綻するや、たちまち田所容疑者を除名処分とし、本部幹部会の席上、原田稔副理事長(学会本部事務総長)が、「言うまでもありませんが、学会はこうした類のいわゆる『商売』とは一切関係がないことをはっきりと申し上げておきます。また今後も永久に、絶対にあり得ないということを、この場で断言しておきます」として、学会員に注意を呼びかけるなどした。
 こうした創価学会の姿勢は、田所容疑者をはじめ多くの学会員がからんでいる全国八葉物流のマルチ犯罪の影響、余波が創価学会に及ばないようにするための、トカゲのシッポ切りと見られてもやむを得まい。

 ところで、田所容疑者が、創価学会の組織拡大のノウハウや池田名誉会長の言説を利用して全国八葉物流の全国展開、組織拡大を図っていたことは、小誌が五月一日号で詳報したことにも明らかなように、マスコミ界では広く知られている。だが、そうした事実を報じたのは出版社系の週刊誌のみ。新聞やテレビはその事実を全く報じようとはしなかった。

 今回、田所容疑者らが逮捕された際にも、新聞、テレビなどは、全国八葉物流の仕組みや手法などについては詳細な解説を行っているが、そこに創価学会の影響力を指摘するものはほとんどなかった。
 創価学会の広報戦略の基本は、創価学会に都合のいい記事は報道させ、創価学会に都合の悪い記事は報道させないことに集約される。当然、豊田商事に次ぐ大型詐欺事件に発展した八葉事件の首謀者や関係者に多くの学会員がいることは、創価学会にとって極めて不都合な事実である。
 そうしたことから、今回、田所容疑者らが逮捕されるに際しても、創価学会が事前に周到な根回しをしていたとも考えられるが、すでに日本の新聞・テレビ等は、莫大な広告費や印刷費をマスコミ界に注ぎ込む創価学会に遠慮し、創価学会がからむ問題については、自己規制する傾向が強まっている。
 八葉事件の報道からも、創価学会に屈する日本のマスコミ界の現状が垣間見える。

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2004年11月15日

NTTドコモ事件

小誌発行人の乙骨正生も被害者だった

 11月2日、東京地検特捜部は、NTTドコモ携帯電話の通話記録不正引き出し事件で再逮捕していたNTTドコモの子会社であるドコモ・システムズの元社員で、創価大学OBの嘉村英二容疑者(29)を電気通信事業法違反で起訴したが、その捜査の過程で、新たに小誌発行人で創価学会問題について厳しい言論を展開している乙骨正生使用の携帯電話の通話記録を嘉村被告が不正に引き出していた事実を確認。すでに不正引き出しの事実が明らかになっている福原由紀子さんの件と併せ、乙骨に対する不正引き出しを電気通信事業法違反で起訴したことが明らかになった。

 11月2日に行われた東京地検の発表によると、嘉村被告が行っていた通話記録の不正引き出しは都合4回。まずは平成14年3月7日頃に、東京都江東区にあるNTTドコモ施設内に設置された端末機を不正に操作して、通信の秘密に属するA名義(福原)の携帯電話に関する通話月日、通話開始時刻、通話先電話番号、通話時間等を記載したデータを出力していた。
 続いて翌3月8日頃に同じくB名義(乙骨)の携帯電話についてA名義同様、通話月日、通話開始時刻、通話先電話番号、通話時間等を記載したデータを出力。
 さらに約1カ月後の4月5日頃に再びAおよびB名義の携帯電話の通話記録を不正に引き出し、もって通信の秘密を犯したというもの。

 周知のようにこの事件は、すでに有罪判決を受けている創価大学の剣道部監督で創価学会の八王子組織の男子部主任部長を務める田島稔元被告の男女関係のもつれに起因する通話記録の盗み出し事件が発端となって発覚した。田島元被告は、交際していた女性の男性関係を疑い、上司筋にあたるやはりすでに有罪判決を受けている創価大学学生課副課長で、創価学会の全国副青年部長などを歴任した根津丈伸元被告に相談、根津元被告が嘉村被告に指示して田島元被告の交際していた女性の通話記録を不正に引き出し、盗み出させていた。

 この事件の公判において嘉村、田島、根津の3被告には、福島啓充、松村光晃、築地伸明の3人の創価学会副会長を含む11人の学会員弁護団が弁護にあたり、事件は「私的で偶発的な一過性の事件」だと強調。執行猶予のついた判決を引き出していた。
 しかし同事件の捜査の過程で警視庁は、福原さんの携帯電話の通話記録が引き出されている事実を把握。福原さんに犯罪事実を告知した上で被害調書まで作成していた。それだけに事件は創価学会弁護団が主張するような「私的で偶発的な一過性の事件」ではなく、創価学会関係者による創価学会に対立する人物に対する計画的かつ組織的な犯行である疑いが濃厚だった。
 今回、東京地検の捜査によって創価学会脱会者で創価学会と対立する日蓮正宗の信徒である福原さんばかりではなく、創価学会が撲滅の対象とし、激しく攻撃を加える小誌発行人の乙骨の携帯電話の通話記録が不正にアクセスされ引き出されていた事実は、この事件が創価学会による組織的な犯罪である可能性をあらためて強く裏付ける形となった。
 それだけに東京地検には嘉村1人の起訴に終わることなく、事件の全容解明に全力を傾注してもらいたいと強く希望したい。

 そもそも、通話記録を不正に引き出されていた福原さん・乙骨と嘉村被告は一面識もなく全く接点がない。したがって嘉村被告には福原さんと乙骨の携帯電話の通話記録を不正に引き出す動機も必然性もない。
 田島元被告の事件は根津元被告の指示の下、嘉村被告が実行している。それだけに福原さんと乙骨に対する不正なアクセスも何者かの指示である可能性は否定できない。ちなみに根津元被告は創価学会の青年部の最高幹部を歴任し、創価学会と対立する人物や団体の動静を探る「広宣部」の幹部だったと伝えられる。
 こうした事実に鑑みるならば、この事件は宮本盗聴事件以来の重大事件。あるいは藤原弘達氏らに対する言論出版妨害事件と並ぶ重大な問題である可能性が高い。
 今後とも小誌はこの事件について徹底的な追及と報道を続けていく。

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2004年11月01日

NTTドコモ携帯電話通話記録盗み出し事件に新たな展開

再び逮捕された創価大出身者
悪質な犯行を命じたのは誰か

山田直樹(ジャーナリスト)

逮捕者3人の共通項は「創価大学」

 はたしてパンドラの箱は開くのか?
 東京地検特捜部は10月13日、携帯電話の通話記録を不正に引き出したとして、電気通信事業法違反の疑いで「NTTドコモ」関連会社の元社員嘉村英二容疑者(28)=名古屋市中川区=を逮捕した。
 小誌読者なら、この名前を見てピンと来るはずだ。嘉村にはすでに同じ法律違反で懲役1年6カ月(執行猶予3年)の判決が下っている。この一件を第一事件としよう。事件の登場人物(被告)は他に二人いる。この3人が絡む第一事件の概要をおさらいする。
 まずは嘉村。創価大卒業生で、事件当時はドコモ関連会社社員(ドコモ・システムズ)だった。続いて懲役1年2カ月(執行猶予3年)の判決を受けたのが根津丈伸。同じく当時の役職は創価大学学生課副課長。そしてもうひとりの田島稔。創価大学剣道部監督(創価大職員)だった。
 ちなみに根津は紛れもない学会幹部。創価大学10期生で、全国副青年部長の役職(当時)にあり、同大出身者同窓会の「創友会」評議員でもあった。このオモテの顔とは別に、「広宣部」という主に学会批判者の動向調査などを担当する部署に在籍したこともあると言われる人物だ。また田島はもともと警視庁の巡査部長で、剣道の国際大会での優勝経験を買われ、95年に創大へスカウトされた。地元・八王子では男子部主任部長を務めていたこの人物への判決は、懲役1年(執行猶予3年)である。
 事件の展開はこうだった。田島が交際相手の“不倫”を勘繰り、携帯電話通話記録の入手を根津に依頼。根津は創価大学卒業生の嘉村を選んで、通話記録の出力・印字を実行させた。田島はこの記録を根拠に、関係者へ嫌がらせの電話を繰り返したため、不審に思ったその人物がドコモに相談して、事の経緯が露顕した――というもの。
 事件の3人には創価学会員という共通項がある。だが、02年9月、3人の逮捕が報道されて経緯が明らかになっても、メディアは彼らの共通項=学会トライアングルに触れようとはしなかった。
 
起訴事件のほかにも秘密侵害

 ところが逮捕からしばらく立って、事件はまったく別の様相を見せ始める。
 02年9月19日朝、東京在住の福原由紀子さんのもとに一本の電話が入る。警視庁深川署の美崎と名乗る刑事からだった。
 内容はこうだ。ふたつの携帯電話番号を述べて、福原さんはそれらを所有しているかと質問。その通りだと答えると、さらにこう聞かれたのだった。
 「最近、料金プランの変更やその関連のトラブルでドコモに電話をしたことはないか」
 身に覚えがないと否定した福原さんは、1台は娘の恵さん(仮名)が使用していると付け加えた。すると美崎刑事は、恵さんへ自分宛てに電話するよう依頼した。恵さんは当日午後、美崎刑事に電話。母親同様の質問を受けたが、否定した。
 翌日、深川署を訪れた福原さん母子を待っていたのは、驚愕の事態だった。担当刑事たちの説明を要約するとこうなる。
 「2台の携帯電話の通話料金明細システムが(02年)3月7日にアクセスされ、それ以前1〜2カ月の記録が漏洩した。料金プラン変更やトラブル発生、クレーム等で確認のためアクセスするのは違法でないが、それでないのにアクセスしたのは違法だ」
 嘉村ら学会員トライアングルが引き起こした事件を、福原さんらはどこか遠いところで起きたものとしか見ていなかった。だが、創価学会員ならやりかねないという思いはあった。というのも、福原さんは学会と日蓮正宗の対立の渦中で、意を決し脱会した人物だったからだ。これを理由に創価大学教員の夫とは協議離婚を余儀なくされ、以来、母娘が寄り添うように暮らしてきた。その過程で、福原さんへは学会員と思われる人物からの面談強要、嫌がらせが相次いだ。こうした現実と、通話記録の盗み出しがひとつの点として交わってしまったのである。
 深川署は福原さんと同じく、9月19日にいまひとりの女性に電話をかけていた。電話の主は「カワト刑事」である。カワトは美崎刑事より直截的に切り出している。
 「最近の事件(第一事件)のことを知っているか」
 この女性、佐藤せい子さんは日蓮正宗の有力信徒団体・妙観講の副講頭という要職にある。創価学会からの嫌がらせは枚挙に暇なく、それだけで1冊の本が出来上がるくらいだ。であっても、第一事件と自分に係わりがあるとは想像すら出来なかった。カワト刑事は続けて、福原さんが受けた質問を行う。この時カワトは、はっきりこう言った。
 「あなた(佐藤さん)の携帯電話通話記録が調べられた形跡がある。心当たりはあるか」
 当然だが、心当たりは大いにあった。実際にそれまで、佐藤さんの電話に盗聴の形跡があったのだ。佐藤さんは捜査に協力すると述べ、翌日、深川署に出向くと事態はおよそ別の方向に進んでいるのだった。即ち、「佐藤さんのケースだと、刑事事件は成立しない」というのである。
 結局、佐藤さんが縷々申し述べても、調書は採取されず終い。刑事事件として成立しない理由はこうだ。ドコモには、加入者の住所・氏名を扱う顧客システムと通話記録(時間・月日)を扱う料金明細システムがあって、前者にアクセスしても犯罪にならない――。
 一方、福原さんに対しては20日、前日の母娘の供述調書を読み上げて、そそくさと署名・捺印させただけで終了した。形式的な手続きだったと福原さんは語るのである。その後も捜査資料を手交したりしたが、結局それは11月8日に返却されて、事件の捜査は沙汰止みになってしまった。
 
解明待たれる「氏名不詳の創価学会関係者」

 本誌が繰り返し報じてきたように、公明党と警視庁の間にはただならぬ「関係」がある。竹入義勝元公明党委員長、龍年光元公明党都議、あるいは山崎正友元創価学会顧問弁護士、また藤原行正元都議らの証言、著作で明らかなように、公明党が警視庁と「良好」な関係を築き、接待を繰り返してきたことは紛れもない事実だ。福原さんや佐藤さんに降りかかった災厄が少なくとも警視庁レベルで払いのけられぬとすれば、これは検察庁に告発して捜査を要請するしかない。
 そこで彼女たちは03年5月14日、東京地検に告発を行った。被告発人は前出の嘉村と「氏名不詳の創価学会関係者複数名」。(告発状全文は小誌03年5月15日号参照)
 そして告発から5カ月。ようやく地検は捜査に踏み切り、嘉村を逮捕したのだった。この間、東京地検に対する事件捜査要請の署名活動が活発に行われ、その数1万数千に達している。しかしながら、こうした正当な真相究明運動に対しても、学会員と目される集団からの妨害活動が行われた事実も付記しなければなるまい。
 では、この告発の最大のポイントはどこか。それは捜査で解明すべき最重要課題と言い換えても良い。告発状が記したように、本件が嘉村一人の単独犯とは到底思えない。佐藤さんは捜査員から、「盗み出された記録は数百人分」と聞かされている。逆に言えば、告発があったから捜査に着手したのであり、それ以外にどれほどの通話記録盗み出しがあったのかは、いまだ深い闇の中だ。嘉村がそれを一人の意志で遂行したのだとすれば、当然、その情報を売買した可能性も想定しうる。また、単なる「通話記録収集マニア」だと自白して逃れるやもしれぬ。
 しかし、ここで忘れてならない点がある。少なくとも福原さんの通話記録不正アクセスは、第一事件より前に実行されたのである。第一事件でのそれは、02年4月25日。一方、福原さんは02年3月7日で、この日より1〜2カ月前のものアクセスされている。もしここに第一事件のようなトライアングルが成立すると、どうなるか。解明すべきは、まさにそこだ。嘉村に犯行を命じたのは、いったい誰なのか。新たな人物の名前が表出する可能性もある。
 警察が半ば投げ出した案件を、地検特捜部が捜査する――。地検に相当の自信と証拠がなければ、このような手段は採用されない。だからといって、本当に立件するかどうか、100パーセントの保証もない。恐らく小誌が読者の目に触れる頃には、結論が下されているだろう。

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2004年10月15日

携帯電話通話記録窃盗事件と創価学会の盗聴体質

乙骨正生(ジャーナリスト)

 九月十三日に発覚した、創価学会幹部で創価大学の職員・OBらによるNTTドコモからの携帯電話の通信記録の盗み出し事件は、共産党宮本委員長宅盗聴事件に象徴される創価学会の盗聴体質をあらためて浮き彫りにするとともに、そのような盗聴体質がいまもなお、創価学会の組織内で脈々と受け継がれていることを窺わせるものとなった。
 事件は、創価大学剣道部監督で八王子地域の創価学会組織の男子部主任部長である田島稔容疑者の男女関係のもつれに起因する色恋沙汰とされているが、通信記録の盗み出しは田島容疑者の元不倫交際の相手だけにとどまらず、創価学会と対立する関係にある人物や団体の周辺にも及んでいるとの情報もある。
 本誌先号の「特報」や今号の特集記事にもあるように、田島容疑者の依頼を受けて創価大学の後輩である嘉村英二容疑者に通信記録の盗み出しを指示し、逮捕された創価大学学生課副課長の根津丈伸容疑者は、創価学会の全国副青年部長という要職にあったばかりか、「広宣部」という創価学会に対立する人物や団体の情報収集や攻撃に従事する組織に所属していた。
 そうした立場の根津容疑者が、嘉村容疑者を使嗾して犯した通信記録の盗み出しに、仮に創価学会と対立する関係にある人物や団体の関係者が含まれていたとなれば、これはもう単なる色恋沙汰の事件ではなく、創価学会が対立者の情報を収集するために行った組織的犯罪という様相を帯びてくる。それだけに事件の全容解明、事件の背景についての今後の捜査結果が注目される。
 それにしても、副青年部長という中枢幹部の立場にあった人物を含む幹部会員が、通信記録を盗み出すという人権侵害甚だしい犯罪を犯したにもかかわらず、創価学会はこの事件ついてなんら言及していない。
 創価学会は日頃、機関紙「聖教新聞」紙上に、秋谷栄之助会長や森田一哉理事長などの首脳幹部による座談会記事「人権と平和と社会を語る」を掲載、しきりに人権の尊重をアピールしている。だが、現役の創価学会幹部である根津容疑者らが犯した人権侵害を伴う犯罪行為については、謝罪どころか、事件そのものにもいまだに一言も触れないのである。
 もっとも創価学会は、東京地裁、東京高裁が北条浩会長の承認を含む創価学会の組織的犯行と認定した共産党宮本委員長宅盗聴事件についてすら、判決で命じられた百万円の損害賠償こそ宮本氏側に振り込んできたものの、今日にいたるまでただの一言も宮本氏や共産党側に謝罪していない。そうした無反省の体質だけに今回の事件についても創価学会は、知らぬ顔の半兵衛を決め込むつもりのようだ。
 ところで、前出の宮本盗聴事件をはじめ創価学会は、過去に複数の盗聴事件を起こしていることが山崎正友元創価学会顧問弁護士の告発によって明らかになっている。
 
 “虚偽”だった「事実無根」の池田発言

 昭和五十五年六月に創価学会から造反した山崎氏は、創価学会には宮本盗聴事件をはじめとする数々の社会的不正行為があることを明らかにした。これに対して創価学会は、山崎氏の造反とほぼ同時期に、山崎氏を三億円の恐喝ならびに五億円の恐喝未遂容疑で刑事告訴するとともに、山崎氏の告発した内容は、すべて「事実無根のデッチ上げ」だと反論した。
 例えば、昭和五十六年四月に発刊された「週刊朝日」のインタビューの中で、創価学会の池田大作名誉会長は、山崎氏の告発について次のように発言している。 
 「一切デッチあげで、事実無根」
 同様に秋谷栄之助会長も、同年十一月に発刊された「サンデー毎日」のインタビューにおいて池田氏同様、山崎氏の告発について次のように全否定している。
 「創価学会に、いわれるような不正はない。山崎らが、ためにするためにつくりあげたものだ」
 だが、池田名誉会長が「一切デッチ上げで、事実無根」とした盗聴事件などの違法行為、社会的不正がすべて事実だったことは、他ならぬ創価学会の首脳幹部の発言によって裏付けられている。
 というのも、創価学会は対外的には山崎氏の告発をすべて「事実無根」としているが、山崎氏の恐喝を立証し事件化するためには、恐喝によって金を出さざるを得ない“畏怖すべき事実”があったことを認めざるを得ず、検察の取り調べや恐喝裁判の過程で、北条会長(昭和五十六年七月死去)や秋谷栄之助会長、八尋頼雄副会長(弁護士)などの首脳幹部が、やむなく盗聴事件等の社会的不正の事実を相次いで認めているからである。
 では、創価学会の首脳らはどのような社会的不正を認めたのだろうか。昭和五十六年二月二日・三日付の北条会長の検察官面前調書(検面調書)には、創価学会が畏怖した事実十一項目が次のように記載されている。
 ゝ榾榲霙飴件(共産党宮本委員長宅に盗聴器を仕掛け電話盗聴を行った事件)
 池田大作女性スキャンダル
 新宿替え玉投票事件(新宿の創価学会組織が組織ぐるみでアパートの投票入場券などを盗み出し、年格好の似た学会員を替え玉に仕立てて投票した事件)
 し邊ペン事件裏工作(池田氏の女性スキャンダルが審理された月刊ペン裁判で、池田氏の証人出廷を防ぐために、被告の隈部大蔵氏側の代理人に二千万円を渡す裏工作を行った事件)
 ノ正佼成会分断作戦(立正佼成会の元理事を使嗾して立正佼成会の組織的分断を図った事件)
 κ歸通本寺情報収集(日蓮正宗の本山だった千葉県保田町にある妙本寺に対する盗聴等の情報収集活動)
 妙信講盗聴事件(日蓮正宗の講中の一つで創価学会と教義的に対立した妙信講と細井日達日蓮正宗法主との話し合いを盗聴した事件)
 ╂蚓ぅ縫紂璽織Ε麑簑蝓文明党の白木義一郎・田代冨士男の両参議院議員が、一般公募の千里ニュータウンの分譲住宅を創価学会の会合拠点として使用するために、議員特権を利用して裏口分譲してもらった事件)
 公明協会問題(公明党が払い下げてもらった国有地を聖教新聞社と交換した問題)
 119番事件(大阪府豊中市の小学校体育館で行われていた共産党の政談演説会を妨害するために、学会員が小学校が火事だとのニセ119番電話をし、消防車十台を出動させ妨害した事件)
 北条報告書問題(日蓮正宗を誹謗中傷し、日蓮正宗を創価学会の支配下に置くことを画策した文書)
 同様に山崎氏の恐喝容疑を審理する裁判の過程で、秋谷会長や八尋副会長は、千里ニュータウン問題や宮本盗聴事件、月刊ペン事件裏工作、妙信講盗聴事件をはじめ、富士宮市での農地不正、富士宮市や静岡県での政治的裏工作などについて、その事実を認めている。
 もっとも検面調書での北条発言をはじめ、裁判での秋谷発言など、学会側証人の発言は、いずれも山崎氏を罪に陥れることを目的としているだけに、違法行為等についての創価学会の責任についてはさまざまな予防線が張られている。それらを系統別に列記すると次のようになる。
 餮事実は認めるが、すべては山崎氏がやったものとする……宮本盗聴事件、立正佼成会分断作戦
 餽事実は認めるが、学会本部や創価学会・公明党組織の関与を矮小化する……新宿替え玉投票事件、公明協会問題、各種の盗聴事件
 餾事実は認めるが、ある程度から先は山崎氏にやらせていたので知らないとする……月刊ペン事件裏工作、
 饂全面的に否定を続ける……池田氏の女性スキャンダル
 このように予防線を張りながらも、創価学会の首脳幹部が宮本盗聴事件をはじめとする社会的不正の事実を相次いで認めたことから、山崎氏の告発は「一切デッチ上げ、事実無根」とした池田発言は、まったくの虚偽であったことが明らかになった。
 
 山崎元顧問弁護士の「独断専行」としたが……

 これらの社会的不正のうち、宮本委員長宅盗聴事件について北条会長は、検面調書において次のように発言している。
 「次に学会にとって怖ろしかったのは、日本共産党委員長宮本顕治氏宅の電話盗聴事件でした。
 この件については、山崎弁護士は脅迫文言の中に明示してはおりませんが、事件の名前を挙げたのに続いて、『事態の深刻さが分かっているのは北条会長だ。ミサイルを二、三発ぶち込む』などと言っていることからして、場合によってはこのいわゆる宮本盗聴事件も事実を歪曲して公表するのではないかと大変怖れたのです。
 山崎弁護士は、その著書である『盗聴教団』の中で、あたかも当時副理事長であった私が関与したとか、行動資金を出したなど、まるで学会の承認の下で実行したかのごとく述べていますが、これは真っ赤な嘘です。(中略)
 その年(昭和四十五年)の三月から言論問題、学会と公明党の政教分離問題を衆議院予算委員会で共産党議員から追及され、頭が痛い思いをしていたのが、徐々におさまった時期でもあり、主義主張は違っていても、共産党とは話し合い路線で進もうとしていた時でしたから、軽率なことをしてしまった山崎弁護士には、正直なところ大変腹が立ったのです。それで、私は同弁護士に、
 えらいことをしてくれたな。
 と文句を言ったのです。そしたら同弁護士は、
 いずれにしても私が独断でやったことですから、私が責任をとってちゃんとします。勘弁して下さい。
 と詫びを言いました。
 同弁護士は、盗聴した理由として『共産党としては、学会との関係をどうしようとしているのか知っておいた方がいいと思って、学生部の者を使ってやった』などと、くどくど弁解していました。私は内心山崎弁護士ら学会員がやったことがバレないで済めばいいがなあと思っていました。
 そんなことで、山崎弁護士の告白で初めて内情を知った次第です」
 山崎氏を恐喝容疑で逮捕、起訴することを目的とした検面調書だけに、宮本盗聴事件はあくまでも山崎氏の独断専行と主張する北条会長だが、創価学会と妙信講(浅井昭衛講頭)が昭和四十七年に日蓮正宗の総本山・大石寺に建立された正本堂(注・平成十年に解体=本誌創刊号グラビア参照)の意義について対立、細井日達日蓮正宗法主が調停に立った妙信講問題に関して実行された盗聴事件については、渋々ながらも山崎氏に盗聴の了解を与えた事実を次のように述べている。
 「ところが、山崎弁護士が私に、
 浅井が、猊下がこう言った、ああ言ったと言って猊下を利用すると困ります。だから猊下と浅井の話の内容をきちんとテープに取っておかなければいけません。
 と盗聴することを言い出したので、私は、
 その必要はない。そんなことまでしなくていい。
 と言っていさめたのですが、同弁護士は、
 そんな大事な場面は絶対とっておかなければいけません。それは僕の方でやります。
 と言い、何としてでもやると言い張るので、その強引さに押し切られ、とうとう了解を与えてしまったのです。そして、七月六日、山崎弁護士は猊下と浅井親子の会談を盗聴して、テープにとってしまったのです。同弁護士の話によると、会談が行われると思われる一番良い部屋に、事前に発信器を隠して備えつけ、当日屋外で受信器により受信して会談内容を録音テープに収録したということでした」
 
 「創価学会の犯行」と認定した裁判所

 昭和五十五年八月、山崎氏の告発を受けて宮本氏は、東京地裁に北条会長や山崎氏、そして実行犯であった廣野輝夫(元創価学会学生部主任部長)、竹岡誠治(元創価学会副男子部長・創価班全国委員長)、北林芳典(元学生部常任幹事)の各氏らを相手取って一千万円の損害賠償請求訴訟を提起した。裁判は五年の審理を経て昭和六十年四月に判決が言い渡されたが、判決の中で裁判所は、宮本委員長宅盗聴事件は北条会長の承認のもと、創価学会が行った組織的犯行だと認定した。
 その判決文には、北条氏の関与及び創価学会が行った数多くの盗聴行為が次のように認定されている。
 「被告山崎は、昭和四七年以降、学会ないし北条から資金等の提供を受け、被告廣野、同竹岡、同北林らを指揮して、少なくとも次の様な情報収集活動を行った。
 (ア)日達上人と浅井父子との、妙縁寺における会談の盗聴
 (イ)秋谷、原島、被告山崎と浅井父子らとの、常泉寺における七回にわたる対決討論の盗聴
 (ウ)妙信講に対する内部情報収集活動
 (エ)立正佼成会に対する内部情報収集活動
 (オ)学会と対立関係にあった松本勝彌に対する内部情報収集活動
 (カ)学会批判者の拠点である妙本寺おける内部情報収集活動
 (二) 仮に本件(宮本)電話盗聴が、被告山崎の独断によるものであるとすれば、北条ないし学会は、被告山崎に対し不信感を持つのが自然であると思われるのに、逆に本件電話盗聴発覚後も被告山崎の学会内部における活動を認め、情報収集、分析にあたらせていることは、北条ないし学会が被告山崎の本件電話盗聴を積極的に評価していたことを裏付けるに足りるものである」
 この判決を不服とした北条氏側は東京高裁に控訴したが、昭和六十三年四月、東京高裁は北条氏側の控訴を棄却。あらためて北条会長の関与を認定した。判決文には次のようにある。
 「本件電話盗聴が『寝耳に水』であったとの北条供述は、その際の北条の反応、事後処理の方法からしても、その後の山崎に対する扱い、処遇からしても、措信することができず、却って、北条の態度は、山崎から本件電話盗聴を事前に知らされ、これを了解していた者のそれとしてしか理解することができない」
 「北条以外の首脳が本件電話盗聴に関与したか否かはともあれ、北条が本件電話盗聴に関与したとの山崎供述の信用性は妨げられず、他に、以上の認定判断を覆すに足りる証拠はない」
 創価学会は、この東京高裁の判決を不服として最高裁に上告したが、週刊誌等の締め切りが終了した同年末、密かに上告を取り下げたため判決は確定した。だが、自ら上告を取り下げ、損害賠償を支払っておきながら、今日に至るも宮本氏、共産党側に謝罪していないことは前述のとおり。
 東京地裁、東京高裁の判決が認定しているように、創価学会は対立する人物や団体に対して、違法な盗聴行為を含む、さまざまな情報収集活動を続けてきたことは動かし難い歴史的事実なのである。
 今回、明らかにとなったNTTドコモの携帯電話の通信記録の盗み出しにいかなる背景があるかは、今後の捜査結果をまつしかないが、少なくとも自らを「人権と平和を世界精神にまで高める宗教団体」(平成十四年月二十九日/原田稔副理事長証言)とする創価学会には「盗聴」の二文字が色濃くつきまとっていることを、今回の事件はあらためて示したといえるだろう。

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2004年06月01日

年金改悪法案と公明党

「年金未納」に凝縮された公明党の犯罪的体質
本誌編集部

 年金が危ない。その「不安解消」と称して提案された政府の年金法案は、公明党案を“丸飲み”したものだった。公明党はそれを、参院選での最大の売り物に、ともくろんだ。いわく「年金100年安心プラン」。なぜなら、これで「給付50%以上」を確保し、「保険料負担に歯止め」がかかるから。その二つともがまやかしだった。このことは後述する。

 欺瞞、狡猾、党利党略……公明党の体質を露呈

 まやかしが露呈する前に降って湧いたのが年金未納・未加入問題。小泉純一郎首相以下の閣僚たち、自民・民主・公明・社民の現前党首はじめ、共産党の一人を含めて全政党から未納議員が湧き出してきた。
 東京新聞5月14日付が、各党の未納議員率を載せている。いまだに(25日現在)公表を拒否している自民党(それ自体が論外だが)を除く政党のうち、公明党(57人中14人が未納)が24・6%で群を抜いている(民主党13・5%、社民党9・1%、共産党3・4%)。

 公明党の場合、未納率が高いだけではない。現職の党代表、幹事長、政調会長という三役全員が未納という醜態をさらけだした。それだけでなく、未納問題への対応自体に、この党の体質が凝縮されている。欺瞞、狡猾、そして党利党略……。国民から見れば犯罪的とさえいえる手法と体質である。
 3閣僚の年金未納が発覚したのは4月23日。公明党の態度は、終始、歯切れが悪く、党幹部の言動も変転を重ねた。公明新聞でそれを追うと、こんな流れになる。
 マスコミは3閣僚の未納を大きくとりあげ、国会でも問題になった。にもかかわらず、公明新聞はずっと沈黙をつづけた。3閣僚の未納を厳しく批判していた菅直人・民主党代表も未納だったことが判明したのが4月28日。それまで沈黙していた公明新聞が豹変する。翌29日付は1面4段見出しで「菅も未納」を伝えた。しかも、同時に発覚した福田康夫官房長官ら4閣僚の未納については、菅代表の記事の末尾にさりげなく書き添えるにとどめている。
 たしかに菅氏の対応にも見苦しさはあった。公明党はそれも見逃さない。「菅代表の言動は、天につばする行為だ。他党や他人を厳しく批判する資格はない(欧米視察の前に)まず説明し、おわびすることを最優先しなければならない」(東順治国対委員長・29日付)、「政治家としての資質が今、厳しく問われている」(30日付)と、批判をつづけた。
 その一方で、未納閣僚には「それぞれの閣僚が反省するとともに、不注意などでそういう問題が起きないような改善策をきちんと講ずべきだ」(神崎武法代表・29日付)と配慮する。そして公明党自身の納入状況については、依然として一切ふれない。
 5月6日、共産党が所属議員の調査結果を発表(1人未納)。ところが、“不倶戴天の敵”の不祥事にもかかわらず、公明新聞は1行も伝えていない。逆に7日付には「自公の両幹事長は『本人に任せるものであり、われわれがこうしろとか言うべきものではない』との考えを示した」と書いている。
 これが、翌8日付では再び一転する。冬柴鉄三幹事長の「議員一人ひとりが政治責任をかけて調査して、その結果を党に報告してもらいます。党はその情状に照らし、処分を含めてそれを早急に公表したい」とのコメントを載せた。これにならべて、福田官房長官辞任について「大変に残念であり、惜しまれる」「他の閣僚については、特に辞める必要はないだろう」と、神崎代表は再び配慮を示す。
 以後、連日のように「党内で現在調査中であり、未納者がいた場合は事情を聞いた上で処分し、公表したい」(神崎代表・9日付=まったく同じコメントが10日付にも登場)、「未納者がいればしっかり事情を聞いた上で、処分すべきものはきちんと処分して国民の前に公表したい」(同代表・11日付)といったコメントがつづく。12日付公明新聞の神崎コメントは「公表するための準備をしており、準備ができ次第、記者会見という形で公表したい」と、なぜか「処分」の語が消えた。
 そんな経過をたどったすえの5月12日、公明党はやっと調査結果を発表。フタを開けると“三役揃い踏み”である。自らについて「国民保険料を完済し、昨年60歳になり支払いを終えている(社会保険庁にも)確認済みだ」(5月1日付)としていた神崎代表もクロ。12日の会見では、「社会保険庁の確認通知書で完納と理解していたが、念のため、地元福岡の保険事務所に照会したところ、昨日、未納が判明した」(朝日13日付)と弁明した。
 しかし、オンライン化された年金記録は、年金番号によって全国どこの保険事務所でも把握できる。この仕組みからすると、神崎氏の弁明は信じがたいと言われても仕方ないのではないか。

 「未納隠し」で年金法案ゴリ押し

 公明党国会議員の4人に1人が未納だった。象徴的なのは山下栄一議員(参院大阪選挙区)の例だろう。山下議員は昨年7月、政府に質問主意書を出している。「国民年金保険料の納付状況及び収納対策に関する質問主意書」。質問のなかでこう述べている。
 「平成14年度の保険料の納入率が昭和36年に国民年金制度が発足して以来、最悪の62・8%になった」「国民年金制度の空洞化が深刻な状況に至っている」
 そう述べたうえで、15項目の質問をしている。――年度毎の実情を示せ。未加入者による歳入不足額は。納入率低下の要因を説明せよ。未納者・未加入者にどんな対策をとっているのか。どのような収納強化策を講じるのか……。
 質問でもわかるように、山下議員は年金未納の重大さを承知している。その当人が9年9ヵ月の未納者だった。「(未納により)保険料のしわ寄せを保険料の完納者や源泉徴収等によって納付を拒めない者等に押し付ける結果になっている」(質問主意書)ことを十分承知のうえで、その加害者になっていたのである。
 年金未納・未加入には様々な理由がある。年金制度そのものに不信を持つ人もいるだろう。不況やリストラで納めたくても納められない人もいるだろう。ひるがえって山下氏らには、巨額の議員歳費が入る。納められないのではなく、納めなかったのだ。自分のことは棚にあげて、国民からは徹底して取りたてろ――そう主張しているのだ。
 未納発覚後、山下議員は自分のホームページ(HP)で弁明を試みている。いわく、「このことが判明し、早速、党執行部に報告致しました」が、全議員の調査をするまで待てという党執行部の「指示に従っておりました」。自分としては早く公表したかったけれど“口止め”にあっていたという弁明である。
 当初のHPでは、未納に気づいたのは「四月のゴールデンウィークの直前」と書かれていたけれど、その部分が消えたという報道もある。それが事実なら、山下議員は2週間近くも口を閉ざしていたことになる。
 結局、口止めを解いて公表したのは、年金法案の衆院本会議可決(11日)の翌日。公明党は「繁多なスケジュールを抱えていたこともあり、結局、昨日(11日)夜まで調査を要しました」(公明新聞13日付)と弁明するけれど、「未納公表を法案の衆院通過後にしたことも『国会対策優先』という批判を浴びそうだ」(朝日13日付)と、マスコミも指摘している。
 実際、与党は徹頭徹尾、党利党略的にこの問題に対応してきた。4月28日の衆院厚労委で与党単独採決をしたあと、自公両党は5月6日、党首の未納問題で混迷する民主党との「3党合意」で衆院通過までの道筋をとりつけた。福田官房長官の辞任は、それを見届けたうえでのことだった。そして前述の通り、衆院本会議可決を待ったうえでの公明党の未納者発表となる。朝日16日付は「不信をひどくしたのは国会議員の『未納』自体より『未納隠し』でしゃにむに年金法案を通そうという態度である」と書いている。

 “まやかし”だった「100年安心プラン」

 この問題では「未納・非加入という脇の問題で、混乱を増幅させる」(読売18日付社説)とか、「議論が年金未納・未加入問題に終始するあまり、ますます本質から離れている」(産経同)という指摘もある。
 年金は、国民の相互扶助の精神のうえに成り立つ制度である。国民の信頼なしには成立しない。相互扶養の精神が欠如していたから未納問題が発生したのである。そのような議員が決める年金制度に、国民が信頼を寄せられるだろうか。本誌前号で山村明義氏は「税金などを含めて為政者が国民に負担を大きくしようとする場合、政治家が自らを律していることが大前提となる」と指摘している。年金保険料額を決める権限を持つのは、唯一、国会議員だ。だからこそ、その責任は重いのである。
 4人に1人という大量の未納議員を出しながら、公明党は党利党略的手法を駆使して年金法案を推進してきた。公明党の宣伝ビデオ『公明党がやりました』は、同年金法案を「公明党の主張にそった」ものだと自画自賛する。このビデオは、創価学会の地域座談会でも精力的に活用されてきたという。
 現行の国民年金保険料は1ヵ月1万3300円。これを13年間毎年引き上げ、13年後には1万6900円にする。厚生年金の給付額も毎年引き下げて現役世代の平均収入の50%にする(現在59・4%)。しかしその後は「保険料の上限は固定」し、給付も「50%以上を確保」する――政府案はこの二枚看板を掲げて登場した。だから「100年安心プラン」なのだと。
 公明党はそう宣伝してきた。公明新聞には「50%以上を確保」「これ以上、下げません」(給付)、「これ以上、上がりません」(保険料)という図入りの記事が、くり返し登場している。小泉首相や坂口力厚労相らも、国会でくり返しそう答弁してきた。
 その二つともがまやかしだったことが、衆院通過後に判明する。参院審議に入って、坂口厚労相らが「50%確保」は給付開始年だけで、その後は40%台に低下すること、保険料も名目賃金が上がるに従って上昇しつづけることを認めた。しかもそのモデル世帯はごく少数で、大半の国民は給付開始時から40%台である。政府はその資料を、衆院に提出する法案要項から除外していた。最初から“だまし”にかけていたのである。それが公明党の「100年安心プラン」だったのだ。
 年金制度の危機の、もう一つの要因が年金基金の流用である。ムダの典型とされる保養施設グリーンピアへの投入、関連公益法人への天下り官僚の役員報酬、社会保険庁長官らの交際費(香典、県人会費など)……と、年金給付以外に使われた保険料は5兆円を超すという。これが年金財政圧迫の要因であるにもかかわらず、ほとんど解明されていない。
 政府も官僚も、保険料を決める国会議員も「自己責任」をまったく果たしていない。そんな状況で、まやかし法案を通しよいのか。
 創価学会中央社会協議会の原田光治議長(さきに死去した野崎勲氏の後任)は、年金法案の衆院審議に先立つ4月8日付で産経新聞のインタビューに応じた。同協議会は国政選挙への対応を決める機関である。
 原田氏は年金法案を「安定的な給付を維持するには、ある程度負担も上がらざるを得ない。政府案は数値をしっかり出している点で評価できる」とし、「議論を尽くすことが政府・与党としての責務だ」と語っている。
 政府案の数値はまやかしだった。その議論も尽くさないまま衆院を通過させた。与党・公明党は原田氏の注文を裏切ったのだ。創価学会はこれをどう「評価」し、どう対処するのだろう。
 「支持者から言われるまでもなく、公明党は腐敗堕落の議員と戦え」――学会幹部による聖教新聞の連載座談会は、くり返しそう主張しているのだから。

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2004年03月15日

ヤフーBB「個人情報流出事件」と創価学会

創価学会幹部が逮捕された
ヤフーBB「個人情報流出事件」の背景

ジャーナリスト 段 勲

451万人分の個人情報が流出した「ソフトバンク恐喝未遂事件」。文字通り、個人情報の流出件数では史上最大級の記録になった。しかも、恐喝未遂額も半端ではない。なんとソフトバンクに要求した金額が数十億円に及ぶ。
 さいわい、未遂で終わったが、「ソフトバンク」はこの事後処理に、さしあたり現金で40億円ほどが消えてしまうという。

「ただの幹部」ではなかった竹岡容疑者

すでに各紙が報道したこと。事件の詳しい経過については割愛するが、同事件が予想外の展開を見せたのは、逮捕者4人の中に、創価学会の幹部が2人も含まれていたからである。
 一人は、ヤフーBB加入代理店「エスエスティー(SST)」(東京・千代田区)の副社長、湯浅輝昭容疑者(61)、もう一人は同社の社長、竹岡誠治容疑者(55)である。
 湯浅容疑者は北海道函館市の近郊にある五稜郭で「聖教新聞」販売店の店主(1992年まで)を務め、学会組織では、地元、五稜郭圏の副圏長(1月24日、逮捕直前に辞任)の役職を得ていた。
 もう一方の竹岡容疑者は、東京・豊島区内組織の副区長(同じく辞任)である。
 いずれも2人は、学会組織では中堅幹部といったポジション。だが事件が発覚したことで、竹岡容疑者の過去があらためて蒸し返されることになった。
 広島県出身の竹岡容疑者は、大学卒業後(1971年)、
 「学会系列の新社会研究所に入社し、74年、やはり学会系列の出版社『第三文明』に移っています。学会本部に異動になったのは、それから2、3年後で、本部の組織センター青年局に籍を置き、79年に創価班委員長、80年には全国副男子部長に任命されていた、70年代の男子部最高幹部の一人です」
 と、語るのは、竹岡容疑者と同世代で、学会本部に勤務していたA氏である。
 「創価班」(当時、静岡県・富士宮市の本山に団体で参拝する学会員たちの輸送業務と行事運営を担当)の委員長、さらに副男子部長という要職を得て、本部職員としてはエリートコースに乗っていた。
 さらに副会長という最高幹部職も夢ではなかった竹岡容疑者が、突然、学会本部から姿を消すのは、全国副男子部長に任命された直後である。「宮本顕治・日本共産党委員長(当時)宅電話盗聴事件」が公になったからだ。
 同事件は1970年、東京杉並区の宮本委員長自宅の電話線に盗聴器が仕掛けられたもの。大胆にも、政党トップの電話を盗聴するなど、当時、公安関係の仕業ではないかと疑われた。が、犯人は特定できず、事件は迷宮入りする。
それから、ちょうど10年目の1980年、宮本宅・盗聴犯罪の犯行グループが明らかになる。公安ならぬ、宗教団体・創価学会の関係者であった。
 宗教の教義を広め、儀式行事を行い、信者を教化育成することを主たる目的にする宗教団体が、なぜ、日本共産党の委員長宅に盗聴器を仕掛けたのか。
 1970年のこの年、学会は組織ぐるみで「言論出版妨害事件」を起こし、世間やマスコミから批判の集中砲火を浴びていた。
 当事件は国会にも飛火。「池田大作会長(当時)の国会喚問」なども取りざたされたが、その追及の先端にいたのが「赤旗」の報道など日本共産党である。
 窮地に追い込まれていた学会は、対応処置として、“謀略家”山崎正友・創価学会顧問弁護士が動くことになる。学会本部内で「山崎師団」とか「山崎グループ」などと言われていた、当時、学生部に所属していた竹岡誠治、広野輝夫らが行動を起こし、宮本宅に盗聴器を仕掛けるのである。
 政党の委員長自宅に盗聴を仕掛けるといった前代未聞の事件は、後に池田氏に造反した仕掛け人リーダーの山崎正友弁護士が詳細に告白。日本共産党は学会に対して、損害賠償請求訴訟を起こす。東京地裁(85年)、東京高裁(88年)の判決で、創価学会の組織的関与が認定された。
 同会は最高裁に上告したもののこっそり取り下げ、損害賠償金を支払って事件の幕が下りる。しかし、学会、共産党のトップ同士が、かつて“ロマンでいきましょう”(池田氏発言)と「創共10年協定」を結ぶほど仲が良かった間柄なのに、学会は共産党に一言の謝罪もすることなく今日に至っている。
 判決文によると、深夜電柱によじ登って取り付けた実行犯の一人が、今回、ヤフーBBの個人情報流出事件で逮捕された竹岡誠治容疑者であった。

 聖教退職後も学会・公明党と深いつながり

 この事件で、学会本部から姿を消してほぼ10年が経過した89年、東京・信濃町界隈で竹岡容疑者の姿が見かけられるようになる。「聖教新聞社」に異動になっていたのだ。広告部に所属し、副部長(部長の説もあり)という要職にまでついていたといわれるが、
 「学会というところは、何か社会的な問題を起こすと手のひらを返したように冷たくなります。実際、副男子部長まで務めた竹岡氏に対し、宮本宅盗聴発覚後、周囲の目はよそよそしかったですよ。それでも事件のほとぼりが冷めた頃、再び、聖教社に姿を現します」(前出A氏)
 その「聖教新聞社」勤務も99年11月、「一身上の都合」で退職。翌年の2000年2月「株式会社 循環社会研究所」(東京・千代田区。資本金4800万円)、02年3月、今回、恐喝未遂の舞台になった「エスエスティ(SST)」の両社を設立し、社長に納まっていた。
 公明党の元地方市議も取締役として名を連ねている「循環社会研究所」とは、登記上の業種が「情報提供サービス」になっている。だが、自民、公明の衆参議員とのつながりも広く深い。
 00年11月に設立された自民、公明、保守党(当時)有志による「循環型社会推進議員連盟」(会長は自民党の橋本龍太郎元首相。会長代行には公明党、浜四津敏子代表代行)が就任。同連盟には、23人もの公明党議員が参加している。
自動車燃料など新エネルギーの勉強会といわれるが、民間信用調査機関によると、「循環社会研究所」は、「循環型社会形成推進基本法制定により、循環型社会形成に対応するための各種コンサルティングを目的にしたもの」と、分析している。
 事実、竹岡容疑者がこの会社を設立したのと前後して、
 「竹岡氏は頻繁に議員会館に出入りしておりました」(代議士秘書)
 というし、02年11月、参議院議員会館特別室で開催された「循環型社会推進議連」の会合でも、竹岡容疑者がエネルギー専門家を講演者として紹介するなど重要な裏方役を務めている。
 こうして政界に深く食い込む一方で竹岡容疑者は、「ヤフーBB」と代理店契約を結び、全国展開の営業を行なっていた。先の民間信用調査機関によると、
 「代表(竹岡容疑者)は、一時、聖教新聞社の広報(?)担当部長であったことから、人脈も広く、ブロードバンドの電話の普及を図っていたソフトバンクグループから強い要請によって同社が注力しているBBフォンの代理店業務を行なうようになった」
 と、ある。だが、このあたりの真意は定かではない。
 さて今回の事件で、マスコミ間でささやかれたのは、451万人に及ぶ個人データの行方である。学会本部の広報は、各マスコミの取材に対し、逮捕された2人が学会員であることは認めたものの、「この事件と学会は全く関係がない」と、言下に否定した。だが、疑問とされるのは「日刊ゲンダイ」や「週刊現代」、または他のマスコミ取材に対しても、事件と関係のない竹岡容疑者の長男が学会本部の職員であるとコメントしていることだ。
 マスコミの取材には用意周到な学会・広報が、なぜこんなチョンボをしているのか。
 また、個人データの行方が「疑われる」のは、創価学会が起こした過去の事件とダブルからだ。まだ記憶に新しいが一昨年9月、同会の全国副青年部長(創価大学副学生課長)らが、NTTドコモの通信記録を盗み出すという事件が発覚した。
 この2月17日、同事件の「真相究明を求める会」が、1万人を超える署名簿を添えて東京地検に、「厳正かつ速やかな捜査」の要請書を提出している。
 当時の警察発表によると、通信の秘密侵害を受けた被害者は2人だけとなっていた。だが実は、他にも学会に批判的な立場の人たちの通信記録も盗まれていたのだ。実際、学会幹部たちは何人の通信記録を盗み出していたのか。あらためて当局に、真相究明を求めたのである。
このような先の盗聴事件といい、携帯電話・通信記録の盗み出し、そして今回の事件。同事件はまだすべて解明されたわけでないが、451万人に及ぶ個人データの行方が気になる。

段 勲(だん・いさお)フリージャーナリスト。1947年生まれ。週刊誌記者を経て、創価学会・公明党など宗教問題をはじめ社会・世相、医学・健康等をレポート。近著の『私はこうしてがんを克服した』(日本能率協会)『鍵師の仕事』(小学館)『宗教か詐欺か』『創価学会インタナショナルの実像』(共にリム出版)など著書多数。

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2004年01月15日

検証―新事実が明らかになった「東村山事件」

東村山市議「怪死」事件とその背景
ジャーナリスト 段 勲

 筆者の机の中に、色あせた1台の携帯電話が保管されている。電源は8年少々前から切れたままで、もはや何の利用価値もない。が、捨てるには忍びない思いが刻まれている……。
 「朝木さんが死んだ!」
 95年9月2日早朝、ジャーナリストの乙骨正生氏が自宅に、一報を入れてくれた。
 東京・東村山市の朝木明代市議(当時=50)とは、その何日か前にお会いしたばかりである。瞬間的に、ブルーのスーツがよく似合う朝木市議の清楚な顔立ちが浮かんだ。
 「死んだって、なぜ!」
 「東村山駅前のビルから転落したようです。今、東村山警察署にいますが、他殺なのか、自殺なのか、あるいは事故なのか、まだ分からない」
 電話でこう伝えてくれた乙骨氏の声が上ずっていた。筆者にとっても極めてショックだったのは、実は当日の夕方、朝木さんたちとお会いする約束をしていたからである。
 四国・高知市の市民団体「ヤイロ鳥」主催の「宗教法人法と政治を考える」というシンポジウムに、パネラーとして朝木、矢野穂積両東村山市議、それに乙骨氏と筆者が招かれていたのだ。

 創価学会による人権侵害問題に取り組んでいた

 四国の市民団体が主催する「宗教法人法と政治」を考えるシンポジウムに、なぜ、東京の朝木市議たちが招かれていたのか。当時の国政状況と無関係ではない。
 38年に及ぶ自民党の単独政権が崩壊し、93年8月、細川連立政権が誕生した。しかし、佐川急便スキャンダルで細川は失脚し、継承した羽田政権もわずか2カ月の短命で終わる。
 こうしためまぐるしい政変のドサクサの中で、公明党・創価学会は悲願の政権参加を果たし、続々と大臣を送り込んだ。学会のはしゃぎぶりは大変なもので、例えば、同会の名誉会長で、最高指導者でもある池田大作氏自らが、こんな発言記録を残している。
 「皆さん方も頑張ってくれた。すごい時代に入りましたね。そのうちデェジンも何人か出るでしょう。ね、ね、もうじきです。ま、明日あたり出るから。あの、みんな、あの、皆さん方の(大臣は)部下だから、そのつもりで、明日の新聞楽しみに……」(93年8月8日「本部幹部会」=長野研修道場)
 細川内閣の閣僚名簿の発表前日、一宗教団体の長が「明日当たり出るから」といって予告した公明党の閣僚人事は、翌日、すべて的中していた。
 この発言は、国民のひんしゅくを買うのと同時に、政権から崩れ落ちていく自民党を強く刺激する。同発言は国会でも取り上げられ、やがて公明党と創価学会の政教分離問題について、自民党を中心にした国民世論が巻き起こっていく。
 宗教法人は収支決算書、財産目録等を明らかにせよといった「宗教法人法の改正」(96年9月施行)論議が国会で浮上したのも、政権のふところに介入した創価学会・公明党の出鼻をくじく、自民党の「策」と無関係ではない。
 当時、「四月会」、「憲法20条を考える会」の結成など自民党の執拗な攻撃に、学会・公明党の足場が揺れ動いた。その一方、東村山市という東京都下の一市議の立場ながら、「草の根市民クラブ」所属の朝木市議らも学会・公明党の諸問題点を市議会の席上等でガンガン追及していたのである。
 福祉活動に汗を流していたボランティア重視の専業主婦が、82年の東村山市議選に初めて出馬。以来連続3期12年の朝木市議が、なぜ学会・公明党問題に深く関与することになったのか。
 詳しくは乙骨氏の著書『怪死―東村山女性市議転落死事件』(教育史料出版会)に譲るが、その関わり方も半端ではなかった。
 この当時、学会は宗門から破門され、双方間で激しい火花を散らす抗争が展開されていた。朝木市議も、この渦に飛び込むことになる。きっかけは同市議たち「草の根市民クラブ」が発行する月1回のミニコミ紙「東村山市民新聞」(発行部数4万部強)であった。
 購読者から、「学会を脱会する際の嫌がらせ」の相談を受けたことを紙面化。さらに朝木氏は、
 「学会員や公明党議員の中には、平気で人権侵害する人がいます。応援しますので頑張って!」
 と、呼びかけたのである。
 呼びかけたばかりではない。脱会を希望する学会員たちの“代理人”を買って出て、脱会する学会員による「脱会届」と一緒に、創価学会会長・秋谷栄之助氏宛に次のような要望書も送付している。
 「今般、一身上の都合で創価学会を脱会いたします。以後、接触を希望する場合は,代理人朝木明代に連絡願います。
 創価学会会長 秋谷栄之助殿…………」
 巨大な宗教組織に対して、真っ向から立ち向かおうとする朝木市議の行動が、やがて東村山市の枠を越え、全国にその名を浸透させた。高知の一市民団体が講演者として、朝木市議に白羽の矢を立てたのもそうした背景からである。

 疑問だらけの「万引き事件」

 そんな朝木市議に、突如として予想外のスキャンダルが炸裂した。命を落とすほぼ3カ月余前に起きた「万引き事件」がそうである。
 まだマスコミも情報をつかんでいない時点(95年7月11日)で、以下のような匿名ファックスが東村山市の各マスコミに流れたことで事件は表面化する。
 「東村山市議会議員の朝木明代氏が、市内の女性服販売店で万引きをしたとの事実を確認いたしました。去る6月、東村山市の東口近くのブティク『スティル東村山店』で、店頭ワゴンに並べられていた商品(女性服)を朝木氏が万引きをして逃げようとするところを店員に捕まり、その場で商品を取り上げられたとのこと。事後に、店からは警察に被害届が出されています……」
 朝木氏が万引きをしたという肝心の商品は、1900円のTシャツである。この情報を筆者も得たとき、「東村山市民新聞」に報じられていたある記事が思い出された。
 朝木市議は、東村山市議会が、自らの議員報酬引き上げをしたという「お手盛り引き上げ」を徹底批判。以後、同市議は8年にわたって給与の引き上げ分やボーナスの割増し分を返上。95年5月まで、返上総額は806万5420円にのぼっていた。万引きしたとされる1900円のTシャツ、4523枚分である。
 実直で、不正を蛇蠍のごとく嫌っていた朝木市議が、たかだか1900円のTシャツ1枚に手を出すか? 本人を知る筆者の素朴な疑問であった。だが、この万引き事件を地元警察署は、朝木市議が5階建てビルの屋上から身を投げる「自殺」の動機とほぼ断定したのだ。
 「あの朝木市議が」
 という万引き事件は、各週刊誌も報じ、やがて全国的な話題になった。さらに、同事件が明らかになった直後(7月16日)、朝木市議と共に「草の根市民クラブ」を構成していた矢野市議も、何者かによって不可解な暴行を受けている。
 その暴行ぶりも尋常ではない。未明、事務所から自転車で帰宅しようとした矢野市議に、何者かがいきなり襲いかかってきた。自転車を奪って路上にたたきつけ、ヘッドロックしながら顔面や頭を投打。矢野市議は自転車で数百メートルほど逃走したが、再び同一犯人に追いつかれた。
大声を出して助けを求め、近くの公園にいた若者グループが駆けつけてくるまで、前歯を折るほどまた激しく殴られ、蹴られていたのだ。
 頭部、顔面挫傷で、全治2周間のケガ。当然、警察に被害届を出しているが、いまだ犯人は不明のままである。このほか、朝木、矢野両市議の周辺では怪文書が撒かれ、脅迫文が届き、朝木氏が愛用している自転車のブレーキが切断されるなど異常な事件が相次いだのもこの時期である。
 こんなさなか、筆者は東京・池袋の喫茶店で朝木、矢野両市議に会った。当事者に先の万引き事件を問うためである。朝木市議の人権を無視するような失礼なことも聞いたが、ご本人は万引きを一貫して否定していた。
 取材をお願いしたのは当方である。別れ際、コーヒー代を支払おうとすると「割り勘」で、と言う。これが朝木市議に会う最後になった。
 話を冒頭の携帯電話に戻す。朝木氏が命を落した東村山の現場周辺に何度か足を運んだ。警察が発表する「自殺」について、素直に受け入れることが出来なかったからである。
 残暑が続くなか、知人の取材記者たちも、汗だくになって現場周辺を歩き回っていた。その一人から、
 「現場近くの原っぱに、こんな物が落ちていた」
 と、提供してくれたのが先の携帯電話である。
 朝木市議の死と、何か関係はないか。専門家に依頼し、通話記録を調べてもらったが、電話回路の機能はすでに消え失せていた。あれから9年。土が付いたままの携帯電話を、まだ捨て切れないでいる。

段 勲(だん・いさお)フリージャーナリスト。1947年生まれ。週刊誌記者を経て、創価学会・公明党など宗教問題をはじめ社会・世相、医学・健康等をレポート。近著の『私はこうしてがんを克服した』(日本能率協会)『鍵師の仕事』(小学館)『宗教か詐欺か』『創価学会インタナショナルの実像』(共にリム出版)など著書多数。

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2003年05月15日

ドコモ通信記録窃盗事件は学会の組織的犯罪か

起訴事件以外にも被害者がいた
―不可解な警察の事件への対応

山田直樹(ジャーナリスト)

 昨年、創価大学職員をはじめとする学会員三人によってなされた「NTTドコモ携帯電話 通信記録不正入手」事件。彼らは電気通信事業法違反容疑で逮捕・起訴されたが、立件されたのはわずか一件のみ。東京地裁の下した判決も、罪状相当との理由があるとはいえ懲役一年〜一年六カ月(執行猶予三年)という“軽微_”なものだった。
 もしこの事件のウラに、かつて創価学会が行った「日本共産党議長・宮本顕治宅盗聴事件」に比肩しうる悪質性、かつ重大性が認められるとすればどうか。不正入手した携帯電話通話記録が一件だけでなく、数百件もの規模だとしたら――。そのことが分かっていながら、仮に一件のみしか立件しなかったとすれば、「通信記録の窃盗」という悪質な事件への捜査スタンスそのものが問われることになる。
 実は事件の被害者以外、少なくとも二人の女性が警察の事情聴取を受けている。しかも警察は、この両名に対して、それぞれの携帯電話通信記録へのアクセスがなされ、ひとりには記録が不正入手(窃盗)されていると説明していたのである。言うまでもないが、これは冒頭に述べた学会員三人による事件に敷衍して行われた事情聴取であるから、当然のごとく、犯人のひとりでNTTドコモ関連会社(ドコモ・システムズ)へ勤務していた嘉村英二・元被告が直接、関与した部分の捜査に関連してということになる。
 ところが警察(警視庁保安課および深川署)はこの二件を(現在まで)立件せず、実質的には捜査見送り状況となっているのである。すでに一審判決が下され、しかも検察・被告双方とも控訴を求めなかったこの案件で、警察がさらに捜査を続行するとは到底思えない。だから問題なのだ。埼玉県桶川市の猪野詩織さんストーカー事件は、その行為を繰り返されたあげく、駆け込み、相談した上尾警察署のまさに怠慢・非常識捜査が原因で殺害という悲劇的結果を招来した。
 同様にここで、明らかに通信記録が不正入手されたのを見過ごせば、二件の当事者(被害者)の身にどのような災禍が降りかかるか、想像すらできない。果たして捜査した警察に、その責任を取る意図はあるのだろうか。しかも前述したように、実際、通信記録が持ち出されていたのは「数百件分」(当事者を聴取した警察官の弁)だというのである。
 そしてついにこのほど、事情聴取を受けた女性ふたりが意を決して、東京地方検察庁に告発を行った。罪名は「電気通信事業法違反」、「窃盗」である。被告発人は元ドコモシステムズ社員・嘉村英二(元被告)と「氏名不詳の創価学会関係者 複数名」だ。告発内容に触れる前に、事件の概要を振り返ってみよう。

学会大弁護団が被告を擁護

 昨年九月十〜十一日にかけて、三名の創価学会会員が逮捕された。創価大学生課副課長・根津丈伸。同大剣道部監督・田島稔。そして今回被告発者となった嘉村英二。三人の“役回り”と事件が露顕した経緯は以下の通り。
 田島は自分が交際中の女性と彼女の知人男性の“仲”、つまり浮気を疑い始めていた。そこで昵懇の根津を介して、嘉村に女性ら二人の携帯電話通話記録の入手を依頼する。昨年四月二十五日、嘉村は派遣されていた江東区豊洲五丁目に所在するKR豊洲ビル六階内「NTTドコモ情報システム企画第2担当事務所」に設置された「料金明細システム」の端末機を不正に操作して、通信記録(出力印字)を入手した。
 愚かなことに田島は、この印字された通信記録データを示して交際相手を詰問したため、「なぜそんなデータを入手できるのか」と不審に思った交際相手がドコモへ相談し、警視庁へ告訴する事態となった。
 結局、芋づる式に三人は逮捕されるのだが、一般紙は彼らが学会員であることに触れようとしなかった。そこにこそ、実は今回の告発同様の重大な問題が横たわっているのである。彼ら三人はいわゆる社会的肩書とは別に、学会組織内での肩書や上下関係が存在する。三人のうちもっとも高位にあるのは根津だ。創価大十期生で、全国副青年部長。地域でも幹部であり、創価大出身者の同窓会「創友会」の評議員。以上が学会での“オモテ”の顔で、“ウラ”は学会批判者の調査・攻撃を専らとする「教宣部」というキナ臭い部署に在籍していたといわれる。
 田島は創大地元・八王子の地域男子部主任部長とグッと格落ちする。元々警視庁巡査部長で、剣道では国際大会優勝経験のある人物だが、九五年に創大へスカウトされた。さらに嘉村は、創価大学卒。指揮系列、命令系統がどうであったかは、容易に想像できよう。
 繰り返し述べてきたように、この一件だけが立件されている。が、捜査当局のシナリオは、「田島の色恋沙汰」を中心に据えたもの。学会組織への言及は、まるでなかった。被告側には、十一名もの学会系弁護団がついたのは、逆に学会の組織的関与の疑いすら抱かせる。弁護団には福島啓充(副会長)、松村光晃(同)、築地伸之らの“一線級”弁護士が顔を揃え、「事件は偶発的、単発的」と主張した。事件発覚当初、学会機関紙「聖教新聞」は、こう断罪していた。

〈社会に迷惑を、学会に迷惑を、かけゆく愚者は 我らの和合僧より 断じて追放せよ!〉
事件発覚翌日の聖教新聞(02.9.14)に掲載

 掲載されたのは昨年九月十四日、池田氏が筆を執る一面コラム「わが友に贈る」コーナーだったのだが、現実には学会弁護団丸抱えで、彼ら三人をひたすら守り、情状酌量を引き出したのであり、追放などされた形跡は微塵も見当たらない。そして判決は冒頭のごとくであった。

警察が犯罪事実を告知 

一方、彼ら三人の逮捕からほぼ一週間ほどがすぎた昨年九月十九日、今回、告発者となった二人の女性のもとに警察官から電話が入る。深川署の美崎と名乗る刑事が電話を入れたのは、A・Yさん(仮名)宅である。Aさんはこう記憶している。
 「自分と娘の電話番号を聞いて、その携帯を所有しているか、また、料金プランの変更や故障、トラブルでドコモに連絡したことはないかという質問でした」
 一方、もうひとり、佐藤せい子さんへの電話は具体的だった。
 「創価大学やドコモ関連会社社員の引き起こした事件(根津らの事件)について知っているかと訊ねていました。深川署のカワトと相手は名乗り、さらに、『あなたの携帯電話の通信記録が調べられた形跡がある』とはっきり述べたのです」
 さて、ここで警察の事情聴取を受けた二人のプロフィールを詳細にしておくことが、以後、嘉村らの犯罪性を見るうえで重要だ。Aさんは、八〇年に学会入会。学会幹部と五年後に結婚したが、日蓮正宗と学会間で信仰、教義をめぐって深刻な対立が起こるとともに同会の在り方に疑問を感じて脱会した女性である。また夫とはそのことを理由に離婚の止むなきに至ったが、以来、現在まで学会からさまざまな嫌がらせ、迫害を受けてきた。
 佐藤さんは、学会を厳しく批判してきた日蓮正宗信徒団体幹部(副講頭)の立場にあり、Aさん以上の迫害にあっている。犯人不詳だが、自宅からフロッピーディスクを盗まれたり、団体内特定の人物としか電話で話したことのない案件が、学会が関与したと見られる文書に記載された経験を持つ。
 ふたりとも根津らの事件は、創価学会ならやりかねないとは推測していたものの、それと自分たちが直結していたとは、よもや考えても見なかった。
 翌二十日、佐藤さんは前日電話で自分がそうした学会批判者としての立場ゆえ、事件が起こされた可能性を指摘したことも踏まえて、なるべく早く捜査協力すべく深川署に出向いた。ところが応対した保安課の内野氏は、佐藤さんの場合は刑事事件が成立しないと告げる。二四時間前には、カワト刑事が、
 「学会関係を詳しく知りたい。不正アクセスした人のリストを見れば、反創価学会が誰か分かるか。捜査に協力してほしい」
 と、甚大なる興味を抱いていたにもかかわらず、である。前出の内野刑事は、こうのべた。
 「ドコモには、加入者の住所・氏名などを扱う顧客システムと通話月日、時刻を扱う料金明細システムがあり、前者(佐藤さんのケースが該当するのだと内野氏は解説)は、罪にならない」
 結局、調書すら取らなかった。Aさんは多忙のため、同じく深川署に出向いたのが二十二日午後である。対応したのは同署保安課・遠藤課長。彼はこう解説した。
 「あなたと娘さんの携帯電話の料金明細システムが三月七日にアクセスされ、通信記録が出されている。これにより、遡る一〜二カ月の記録が漏洩した。料金プランの変更、トラブルやクレームなどの理由で確認アクセスは違法ではないが、それらがないのにアクセスするのは違法である」
 その後、約四時間半、Aさんは遠藤課長、同行した娘さんに対しては電話をかけてきた美崎刑事が事情を聞いた。翌日、約束の時間に二時間以上遅れてA宅にやってきた遠藤、美崎の両名は、
 「前日と話が変わった。学会が係わっているような話をしたが、それは分からない。ほかにもアクセスされている人が全国に何百人もいて、反学会の人ばかりでないから、たまたまAさん親子が入っていたとも考えられる」旨、述べて、そそくさと供述調書を読み上げた後、署名・押印させて引き上げてしまったのである。佐藤さん同様、何らかの捜査方針の変更、あるいは圧力がかかった形跡が濃厚なのだ。
 以降、Aさんは資料などをスパイ映画もどきの方法で手渡したりしたが、捜査の進展は皆目分からぬうちに、彼ら三人の判決が下されてしまった。
 佐藤さんに対しても同様で、誰に対しての通話記録が漏れたのか警察が明らかにしてくれない以上、自らの力でやるしかないと弁護士会を通じてドコモに照会を試みるが、
「捜査に係わる事項」を理由に断られる。その日付は判決を過ぎてからだった。
 一言加えれば、料金明細システムと顧客管理はまったく別のもので、アクセスできる人間も峻別される。捜査当局がそれを混同するなどあり得ない。また、嘉村がデータを盗み出したとされる三月七日の翌日、本誌発行人はAさんとこの「フォーラム」手渡しのため、新宿駅東口で会ったが、その際、ふたりの男が両名の写真を無断で撮影している。ちなみに両名以外、そこで会うのを知っている者はいないのに、である。
 述べてきたように、これほど確実、あからさまな事実があるというのに警察の捜査は頓挫したままだ。いったい背後に何があるのか。ましてや個人情報保護、住基ネット問題など、プライバシーが声高に叫ばれている状況の中、なぜこの事件を立件しないのか。公明党はいずれも、政府案を推してきた立場である。その支持団体関係者が、かような犯罪に手を染めているのである。告発状にはこうある。
 〈本件は、いずれも創価学会の関係者である被告発人らが、告発人らの反創価学会活動を嫌悪し、告発人らの交友ないし活動関係およびそれらの者との通信に関する情報を把握するため、通信の秘密を守るべき立場にある被告発人嘉村を含めて共謀し、無法にも通信の秘密を侵害した事案である〉。
 つまり憲法二〇条、二一条二項を侵害する行為である。当初の事件より前に、Aさんの通話記録は取られているのである。このひとつをとっても、検察が捜査に着手すべきなのは言うまでもない。

山田直樹(やまだ・なおき)フリージャーナリスト。1957年生まれ。文庫本編集者を経て、「週刊文春」記者。イトマン事件など経済事件を担当し、今春独立。

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2003年04月01日

「創価学会裁判」に象徴される「司法の危機」

対・日蓮正宗裁判にみる「司法判断」の不可解
山田直樹(雑誌記者)

 「創価新報」に掲載された“偽造写真”

 一昨年から今年二月にかけて、「司法の危機」を実証するかのような判決が、創価学会をめぐって下されている。まずは、学会副会長にして弁護士の福島啓充氏の弁。
 「創価学会はますます威光勢力を増して輝き、全面勝利。すべての裁判でも全面勝利です」(聖教新聞三月八日付・第二十六回本部幹部会)
 まるで裁判所が、「学会の威光」にひれ伏したかのような調子である。福島弁護士がのたまうように、創価学会はこの間の裁判で“連勝”しているのは事実だ。だが、ひとつひとつの訴訟・判決を精査すればまったく別の様相も見えてくる。最初に一昨年十二月五日、東京高裁で下された「写真偽造事件」(注・学会側は偽造でないと主張)から検証する。予め言っておけば、この訴訟も東京高裁判決で実質、学会側勝訴となった。問題は、その判断と経緯である。
 九二年十一月四日付、同月十八日付の『創価新報』(学会機関紙のひとつ)はおのおの二枚の写真を掲載した。これがことの発端だった。たとえば前者では、「日顕が欲すは『カネ、酒、色』の堕落道」とタイトルが打たれ、「日顕の“芸者写真”」なる中傷がなされている。学会が「日顕」と吐き捨てる人物は、日蓮正宗法主・阿部日顕上人のことである。写真は芸者と阿部上人があたかも二人きりで部屋にいるかのような構成だった。
 一方、後者は集合写真で芸者に取り囲まれた中心に阿部上人が着座しているかのような構成である。タイトルも下品そのものもで、「退座のあとはここにキマリ、猊座がなくても“芸座”があるサ」、「これぞ極めつけ、ワシもう“成仏”しそう」等々……。さて、日蓮正宗側はこの写真が「いつ、どこで」撮影されたものであるのか、なかなか特定できなかった。それというのも、後者の集合写真では阿部上人以外の「芸者」すべての目がスミで潰されていたことや、前者は大幅なトリミング、背景の描き換えなどが加えられていたからだった。
 なぜこの(少なくとも)二枚の写真が学会側に渡り、偽造(修正)がなされたか。「創価新報」が写真と記事を掲載した一年前、学会は日蓮正宗から破門された。それへの報復については、小誌でもたびたび触れたが、この偽造写真もその一環に位置する。阿部上人及び日蓮正宗を貶めるためのキャンペーンだったのだ。問題は「芸者遊び」が事実か否かにかかってくる。

 「池田スピーチ」でも“偽造写真”を利用

 実はこの二葉の写真が撮影されたのが、八六年十一月であり、二人の日蓮正宗高僧の古希祝いの席であったことが判明する。その時、当のスナップ写真を撮ったのは、後に日蓮正宗から去り、学会側についた僧侶だった。
 では、「芸者遊び」が本当にあったのか。先述のように、この集まりは「古希祝い」であり、列席した僧侶のほとんどは夫人同伴だった。無論、阿部上人もそうだった。
 要はこの事実を隠すために、卑劣な写真偽造が実行され、「事実」を熟知していたのに、まったくデタラメの報道を「創価新報」が行ったのである。実際、最初に掲載された写真では、背景の「描き換え」、写っている人物の抹消など、本物と見比べればいくつもの手が加えられている。また後者でも、中央部分だけをトリミングして他の出席者を意図的に隠している。
 さらにこの「創価新報」報道に前後して、池田大作創価学会名誉会長は、以下のようなスピーチを行っている。発言がなされたのは九二年十一月十四日、「十一・十八創立の日を記念――第十五回SGI総会、第四回埼玉総会」席上である(創価大記念講堂にて開催)。この時期に着目していただきたい。「創価新報」の同月四日号と十八日号のはざまというタイミングで、池田氏は何を喋ったか。
 「そのうち、また、あの、あれ出ますけどネ。『新報』に、この次かな。これちょっと見してもらったけれどね……たくさんの美女に囲まれてね。そうだろ、秋谷(注、栄之助・創価学会会長)君、やめろつったら、秋谷やるっつんだもんの。もう、新橋かどっかのね、柳橋でさあ。もう、『エッヘヘヘェ』と笑ってね(会場、爆笑)。まあ、みんな行きたいね、いっぺんね(会場、爆笑)。そういう連中なんです」
 「猊座というのはね、本当は正法の座を猊座。芸者のほうの“芸座”(会場、爆笑)。今度は『新報』見たら、みんなびっくりするだろう、どうだ。」(学会側は、池田スピーチの事実こそ認めたが、発言内容、趣旨は否認)。

 違法性を認めながらも請求却下の不可解

 翌年五月、日蓮正宗側はこの一連の報道に対して、謝罪広告や損害賠償を求めて東京地裁に提訴する。一審は、原告側主張を認め、この「創価新報」記事が「明確な根拠を示すことなく他人の悪口を書き立てているのと同じであり」、「阿部日顕ないし同人を宗教上の最高指導者として擁する原告らに対して単に、揶揄、侮蔑、誹謗、中傷を並べたに過ぎない」と指摘。さらに池田氏の責任論も、以下のように明快に述べる。
 「被告池田大作が自らそれを指導ないし容認していた場合に被告創価学会と連帯してその被害者に対して不法行為の責を負うことになるのは勿論であるが、被告池田大作が事前に了知していたに過ぎない場合においても、同人には被告創価学会がそのような違法行為に及ぶことのないようこれを制止すべき条理上の義務があり、これに違反すればやはり不法行為に基づく責任を負うと言うべきである」。
 先述の池田スピーチに則れば、ただ単に、その後「創価新報」で阿部上人中傷の記事が掲載されることを知って(了知)いただけでも制止義務、つまり管理責任がある。そういう立場にある学会の最高指導者であると、この判決は論じ、池田氏は学会と連帯して四百万円を支払うよう、画期的判断がなされたのである。
 ところが控訴審では、これがひっくり返る。その判断にこそ、「司法の危機」が潜んでいる。判決が下されたのは先述のように一昨年十二月五日。高裁判決は、「阿部が一人で芸者遊びをしているような実際とは異なった印象を抱かせ、それは客観的報道とは言えず、(写真は)修正の限界を超えている」(要旨)と認定。修正の限界を超えるとはすなわち、偽造に限りなく近いと表現していることに他ならない。また、阿部上人への名誉毀損についても、「正当な言論や評論の域を超え、単に阿部日顕を揶揄し、誹謗、中傷するものとして、違法性を有する」とした。
 写真は偽造で報道が名誉毀損なら、常識的には一審同様の判断が下るはず。しかし高裁判決は、以下のような“逃げ”を打って、池田氏や学会を“救った”のである。
 いわく、「本件記事は、阿部日顕個人に向けられたものであり、これが同人に対する名誉毀損を構成する余地があるとしても、これをもって直ちに、被控訴人(日蓮正宗と本山・大石寺)両名に対する不法行為に該当するということはできない」。つまり阿部上人個人への名誉毀損ではあるけれど、ふたつの宗教法人への名誉毀損には当たらぬという珍妙な理屈を捻り出したのである。原審は取り消され、原告の請求はすべて棄却された。

 「クロウ事件」の経緯と和解

 こうした司法判断の原点は、どこにあるのだろうか。それは、日蓮正宗と創価学会の間で争われ、東京高裁での和解成立によって決着した「クロウ事件(シアトル事件)」に求められよう。この一件も、「写真偽造事件」同様、阿部上人および日蓮正宗に対する破門報復キャンペーンの中で大々的に学会が報道したものだった。
 「芸者写真」が、創価新報に掲載される五カ月ほど前、米国在住の創価学会員、ヒロエ・クロウ夫人(故人)が突然、阿部上人のセックススキャンダルを告発したことから「事件」が明らかになっていく。
 彼女の告発とは、一九六四年三月二十日早朝、当時、教学部長だった阿部上人が日蓮正宗の行事である「御授戒」のため訪れ、投宿したシアトルのホテルから単身抜け出し、歓楽街に赴いて、そこで売春婦とトラブルを起こして警察沙汰になったというものだった。クロウ夫人は、シアトルで阿部上人の案内役を仰せつかっていた現地幹部だった。
 告発以降の経緯を簡単にふり返る。日蓮正宗側はクロウ告発を「まったく事実無根」と批判する。これに対してクロウ夫人側(実態としては学会)が「ウソつき呼ばわりされた」と名誉毀損訴訟を米裁判所へ提訴。賠償額は当時のレートでなんと六〇億円。訴訟は裁判の「管轄権」を理由に一審、原告側(クロウ夫人側)に門前払いの判決。上級審もこれを踏襲し、原告側が連邦最高裁への上告を諦めて決着する。すなわち、アメリカの訴訟では、学会側が全面的に敗れたのである。
 日蓮正宗側はそれに並行して、学会の「シアトル事件」報道が名誉毀損にあたると、東京地裁に提訴。が、一審は二〇〇〇年三月二十一日、原告敗訴の判決を下す。場所は高裁に移り審理が続いたが、昨年一月末日、和解にて決着した。和解条項の詳細は省略するが、ポイントは「争点(事件の有無)にかかる事実の摘示、意見ないし論評の表明をしない」こと。「相互に名誉毀損にあたる行為をしない」と確約するが、「争点にかかる事実の存在を単純に否認することはこれに抵触しない」旨、記されている。
 これをもって学会側は「大勝利」を呼号するのだが、日蓮正宗側の「事件は事実無根」との主張も当然、留保されるわけであり学会側主張が認められたとは、当たり前だが言えない。実はこの訴訟、本来は「クロウ事件」と「FBI事件」が併合されたものだった。
 
 木が沈み、石が浮くような判決

 「FBI事件」とは、九五年一月、「シアトル事件の決定的証拠がある。連邦政府内に『記録』として残っている」と、学会機関紙が大報道したことに起因する。
 結論からいえば、「シアトル事件」の結審まで、その「決定的証拠」は法廷に提出されなかった。一般的に「決定的証拠」をジャーナリズムが使う場合、領収書、契約書、あるいは念書、登記簿、公正証書、写真、また当事者の子細な証言などがそれに相当しよう。ところがこのケースでは――学会側はそれを、阿部上人の犯罪記録の痕跡という――、まさにそのもの自身が「決定的に」欠けているのである。
 それはさておき、日蓮正宗側は「そうした文書は存在しない」というアメリカ政府当局者の公式文書を獲得。シアトル事件とは別件で、学会側を提訴した。その際の記者会見で、「学会側がアメリカ政府のコンピューターデータベースに、捏造した情報を埋め込もうとした。国際犯罪である」などと主張したことに敷衍して、日蓮正宗側を提訴した。
 もちろんそれは、阿部上人を貶めるための「工作」の可能性が高いというのが、日蓮正宗側の立場だった。この提訴(以下、FBI2事件)の結果は、一審(東京地裁)で学会側勝訴に続き、今年二月十二日の控訴審(東京高裁)でも学会側勝訴となった。特に二審は、一審で棄却された阿部上人個人への請求に関して、「連帯責任」を認める判断を示したのである。
 ちなみにこの裁判でも、奇妙な論理構造が目につく。たとえばそもそも「シアトル事件」そのものが、存在したかどうかの原点については、「立証されてない」。しかも「決定的証拠」なる決定的報道の存在は、客観的に立証されていないとも判断しているのである。
 つまりもともとの「シアトル事件」→「決定的証拠報道」に疑念を呈しているのに、局部的「データベース埋め込み」で名誉毀損が成立するという木が沈み、石が浮くような判決といえる。

 学会有利の意図的(?)「司法判断」

 それに続いて二月二十六日、同様の判決がまたしても下された。学会側の欣喜雀躍ぶりはこうだ。語るは迫本秀樹青年部長。
 「もう一つのうれしいニュースは、選挙になるたびに日顕宗が闇にまぎれてドブネズミのように配ってきたあのデマビラに、ついに司法の鉄槌が下ったことであります。
 今回裁かれたのは、一昨年の東京都議選、参院選を前に、『信教と思想の自由を守る会』なる団体が『聖教グラフ』の写真を無断で使用し、デマビラを作成・配布した事件です。
 東京地裁は、このビラが『著作権法違反』に当たることを明確に認め、100万円の賠償金に加えて、ビラの配布禁止と廃棄処分を命じました」
 この判決の最大の問題点は、ビラの配布に関与したとして日蓮正宗の責任まで認定したところ。たとえば、
 「本件写真ビラ(写真の著作権が最大の争点だった)の作成、配布は、外形上、被告日蓮正宗の活動に密接に関連するものといえ、被告日蓮正宗の事業の執行につき行われたと解するのが相当である」
 もちろん、日蓮正宗は学会・公明党とは異なり政教分離の宗教法人である。従って、一切の政治活動は行っていない。が、信者がかようなビラを配布することが「日蓮正宗の事業の執行」に当たると、大きな網を掛けられたのである。この伝でいけば、すべての宗教法人がその影響を被ることになる。
 以上、おおきく三つの訴訟とその結末をたどってきた。そのいずれもが学会側に有利な顛末を迎えている。ここに何か意図を感じることはできないだろうか。とりわけ最初の「写真偽造事件」と最後の「ビラ訴訟」の間には、同義の事柄へのまったく異なる、従って学会が俄然有利となる「司法判断」が見えてこないだろうか。
 しかし忘れてはならない。冒頭の福島弁護士が豪語したような「全面勝利」は、決してない。数の上からみれば、学会訴訟の勝率はとてつもなく低いのである。
 ところが、その重さ、争点の重大性が大きい訴訟ほど、不思議なことに学会側が勝利しているのだ。とりわけ彼らの自画自賛するように、出版社相手の訴訟という目立つケースでは、このところ連戦連勝である。
 かつて日蓮正宗から破門された直後、学会では阿部日顕上人の写真を床や階段に敷いて、信者に踏み絵までさせたこともある。これも「創価学会の事業の執行」なのかもしれないが、反対派の駆逐のために何が行われるかをよく示したケースである。
 冒頭の「写真偽造事件」など、常識ある宗教人の行為とはとても言えまい。そうした底流のうえに、学会の裁判は乗っているのである。

山田直樹(やまだ・なおき)1957年生まれ。文庫本編集者を経て、「週刊文春」記者。イトマン事件など経済事件を担当。

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2002年10月15日

携帯電話通話記録窃盗事件と創価学会の盗聴体質

乙骨正生(ジャーナリスト)

 九月十三日に発覚した、創価学会幹部で創価大学の職員・OBらによるNTTドコモからの携帯電話の通信記録の盗み出し事件は、共産党宮本委員長宅盗聴事件に象徴される創価学会の盗聴体質をあらためて浮き彫りにするとともに、そのような盗聴体質がいまもなお、創価学会の組織内で脈々と受け継がれていることを窺わせるものとなった。
 事件は、創価大学剣道部監督で八王子地域の創価学会組織の男子部主任部長である田島稔容疑者の男女関係のもつれに起因する色恋沙汰とされているが、通信記録の盗み出しは田島容疑者の元不倫交際の相手だけにとどまらず、創価学会と対立する関係にある人物や団体の周辺にも及んでいるとの情報もある。
 本誌先号の「特報」や今号の特集記事にもあるように、田島容疑者の依頼を受けて創価大学の後輩である嘉村英二容疑者に通信記録の盗み出しを指示し、逮捕された創価大学学生課副課長の根津丈伸容疑者は、創価学会の全国副青年部長という要職にあったばかりか、「広宣部」という創価学会に対立する人物や団体の情報収集や攻撃に従事する組織に所属していた。
 そうした立場の根津容疑者が、嘉村容疑者を使嗾して犯した通信記録の盗み出しに、仮に創価学会と対立する関係にある人物や団体の関係者が含まれていたとなれば、これはもう単なる色恋沙汰の事件ではなく、創価学会が対立者の情報を収集するために行った組織的犯罪という様相を帯びてくる。それだけに事件の全容解明、事件の背景についての今後の捜査結果が注目される。
 それにしても、副青年部長という中枢幹部の立場にあった人物を含む幹部会員が、通信記録を盗み出すという人権侵害甚だしい犯罪を犯したにもかかわらず、創価学会はこの事件ついてなんら言及していない。
 創価学会は日頃、機関紙「聖教新聞」紙上に、秋谷栄之助会長や森田一哉理事長などの首脳幹部による座談会記事「人権と平和と社会を語る」を掲載、しきりに人権の尊重をアピールしている。だが、現役の創価学会幹部である根津容疑者らが犯した人権侵害を伴う犯罪行為については、謝罪どころか、事件そのものにもいまだに一言も触れないのである。
 もっとも創価学会は、東京地裁、東京高裁が北条浩会長の承認を含む創価学会の組織的犯行と認定した共産党宮本委員長宅盗聴事件についてすら、判決で命じられた百万円の損害賠償こそ宮本氏側に振り込んできたものの、今日にいたるまでただの一言も宮本氏や共産党側に謝罪していない。そうした無反省の体質だけに今回の事件についても創価学会は、知らぬ顔の半兵衛を決め込むつもりのようだ。
 ところで、前出の宮本盗聴事件をはじめ創価学会は、過去に複数の盗聴事件を起こしていることが山崎正友元創価学会顧問弁護士の告発によって明らかになっている。

 "虚偽"だった「事実無根」の池田発言  

昭和五十五年六月に創価学会から造反した山崎氏は、創価学会には宮本盗聴事件をはじめとする数々の社会的不正行為があることを明らかにした。これに対して創価学会は、山崎氏の造反とほぼ同時期に、山崎氏を三億円の恐喝ならびに五億円の恐喝未遂容疑で刑事告訴するとともに、山崎氏の告発した内容は、すべて「事実無根のデッチ上げ」だと反論した。  例えば、昭和五十六年四月に発刊された「週刊朝日」のインタビューの中で、創価学会の池田大作名誉会長は、山崎氏の告発について次のように発言している。
   「一切デッチあげで、事実無根」  同様に秋谷栄之助会長も、同年十一月に発刊された「サンデー毎日」のインタビューにおいて池田氏同様、山崎氏の告発について次のように全否定している。
 「創価学会に、いわれるような不正はない。山崎らが、ためにするためにつくりあげたものだ」
 だが、池田名誉会長が「一切デッチ上げで、事実無根」とした盗聴事件などの違法行為、社会的不正がすべて事実だったことは、他ならぬ創価学会の首脳幹部の発言によって裏付けられている。
 というのも、創価学会は対外的には山崎氏の告発をすべて「事実無根」としているが、山崎氏の恐喝を立証し事件化するためには、恐喝によって金を出さざるを得ない"畏怖すべき事実"があったことを認めざるを得ず、検察の取り調べや恐喝裁判の過程で、北条会長(昭和五十六年七月死去)や秋谷栄之助会長、八尋頼雄副会長(弁護士)などの首脳幹部が、やむなく盗聴事件等の社会的不正の事実を相次いで認めているからである。
 では、創価学会の首脳らはどのような社会的不正を認めたのだろうか。昭和五十六年二月二日・三日付の北条会長の検察官面前調書(検面調書)には、創価学会が畏怖した事実十一項目が次のように記載されている。

ゝ榾榲霙飴件(共産党宮本委員長宅に盗聴器を仕掛け電話盗聴を行った事件)
池田大作女性スキャンダル
新宿替え玉投票事件(新宿の創価学会組織が組織ぐるみでアパートの投票入場券などを盗み出し、年格好の似た学会員を替え玉に仕立てて投票した事件)
し邊ペン事件裏工作(池田氏の女性スキャンダルが審理された月刊ペン裁判で、池田氏の証人出廷を防ぐために、被告の隈部大蔵氏側の代理人に二千万円を渡す裏工作を行った事件)
ノ正佼成会分断作戦(立正佼成会の元理事を使嗾して立正佼成会の組織的分断を図った事件)
κ歸通本寺情報収集(日蓮正宗の本山だった千葉県保田町にある妙本寺に対する盗聴等の情報収集活動)
妙信講盗聴事件(日蓮正宗の講中の一つで創価学会と教義的に対立した妙信講と細井日達日蓮正宗法主との話し合いを盗聴した事件)
╂蚓ぅ縫紂璽織Ε麑簑蝓文明党の白木義一郎・田代冨士男の両参議院議員が、一般公募の千里ニュータウンの分譲住宅を創価学会の会合拠点として使用するために、議員特権を利用して裏口分譲してもらった事件)
公明協会問題(公明党が払い下げてもらった国有地を聖教新聞社と交換した問題)
119番事件(大阪府豊中市の小学校体育館で行われていた共産党の政談演説会を妨害するために、学会員が小学校が火事だとのニセ119番電話をし、消防車十台を出動させ妨害した事件)
北条報告書問題(日蓮正宗を誹謗中傷し、日蓮正宗を創価学会の支配下に置くことを画策した文書)

 同様に山崎氏の恐喝容疑を審理する裁判の過程で、秋谷会長や八尋副会長は、千里ニュータウン問題や宮本盗聴事件、月刊ペン事件裏工作、妙信講盗聴事件をはじめ、富士宮市での農地不正、富士宮市や静岡県での政治的裏工作などについて、その事実を認めている。
 もっとも検面調書での北条発言をはじめ、裁判での秋谷発言など、学会側証人の発言は、いずれも山崎氏を罪に陥れることを目的としているだけに、違法行為等についての創価学会の責任についてはさまざまな予防線が張られている。それらを系統別に列記すると次のようになる。

 餮事実は認めるが、すべては山崎氏がやったものとする…宮本盗聴事件、立正佼成会分断作戦
 餽事実は認めるが、学会本部や創価学会・公明党組織の関与を矮小化する…新宿替え玉投票事件、公明協会問題、各種の盗聴事件
 餾事実は認めるが、ある程度から先は山崎氏にやらせていたので知らないとする…月刊ペン事件裏工作
 饂全面的に否定を続ける……池田氏の女性スキャンダル

 このように予防線を張りながらも、創価学会の首脳幹部が宮本盗聴事件をはじめとする社会的不正の事実を相次いで認めたことから、山崎氏の告発は「一切デッチ上げ、事実無根」とした池田発言は、まったくの虚偽であったことが明らかになった。
  山崎元顧問弁護士の「独断専行」としたが……  これらの社会的不正のうち、宮本委員長宅盗聴事件について北条会長は、検面調書において次のように発言している。
 「次に学会にとって怖ろしかったのは、日本共産党委員長宮本顕治氏宅の電話盗聴事件でした。
 この件については、山崎弁護士は脅迫文言の中に明示してはおりませんが、事件の名前を挙げたのに続いて、『事態の深刻さが分かっているのは北条会長だ。ミサイルを二、三発ぶち込む』などと言っていることからして、場合によってはこのいわゆる宮本盗聴事件も事実を歪曲して公表するのではないかと大変怖れたのです。
 山崎弁護士は、その著書である『盗聴教団』の中で、あたかも当時副理事長であった私が関与したとか、行動資金を出したなど、まるで学会の承認の下で実行したかのごとく述べていますが、これは真っ赤な嘘です。(中略)
 その年(昭和四十五年)の三月から言論問題、学会と公明党の政教分離問題を衆議院予算委員会で共産党議員から追及され、頭が痛い思いをしていたのが、徐々におさまった時期でもあり、主義主張は違っていても、共産党とは話し合い路線で進もうとしていた時でしたから、軽率なことをしてしまった山崎弁護士には、正直なところ大変腹が立ったのです。それで、私は同弁護士に、
 えらいことをしてくれたな。
 と文句を言ったのです。そしたら同弁護士は、
 いずれにしても私が独断でやったことですから、私が責任をとってちゃんとします。勘弁して下さい。
 と詫びを言いました。
 同弁護士は、盗聴した理由として『共産党としては、学会との関係をどうしようとしているのか知っておいた方がいいと思って、学生部の者を使ってやった』などと、くどくど弁解していました。私は内心山崎弁護士ら学会員がやったことがバレないで済めばいいがなあと思っていました。
 そんなことで、山崎弁護士の告白で初めて内情を知った次第です」
 山崎氏を恐喝容疑で逮捕、起訴することを目的とした検面調書だけに、宮本盗聴事件はあくまでも山崎氏の独断専行と主張する北条会長だが、創価学会と妙信講(浅井昭衛講頭)が昭和四十七年に日蓮正宗の総本山・大石寺に建立された正本堂(注・平成十年に解体=本誌創刊号グラビア参照)の意義について対立、細井日達日蓮正宗法主が調停に立った妙信講問題に関して実行された盗聴事件については、渋々ながらも山崎氏に盗聴の了解を与えた事実を次のように述べている。
 「ところが、山崎弁護士が私に、
 浅井が、猊下がこう言った、ああ言ったと言って猊下を利用すると困ります。だから猊下と浅井の話の内容をきちんとテープに取っておかなければいけません。
 と盗聴することを言い出したので、私は、
 その必要はない。そんなことまでしなくていい。
 と言っていさめたのですが、同弁護士は、
 そんな大事な場面は絶対とっておかなければいけません。それは僕の方でやります。
 と言い、何としてでもやると言い張るので、その強引さに押し切られ、とうとう了解を与えてしまったのです。そして、七月六日、山崎弁護士は猊下と浅井親子の会談を盗聴して、テープにとってしまったのです。同弁護士の話によると、会談が行われると思われる一番良い部屋に、事前に発信器を隠して備えつけ、当日屋外で受信器により受信して会談内容を録音テープに収録したということでした」

 「創価学会の犯行」と認定した裁判所  

 昭和五十五年八月、山崎氏の告発を受けて宮本氏は、東京地裁に北条会長や山崎氏、そして実行犯であった廣野輝夫(元創価学会学生部主任部長)、竹岡誠治(元創価学会副男子部長・創価班全国委員長)、北林芳典(元学生部常任幹事)の各氏らを相手取って一千万円の損害賠償請求訴訟を提起した。裁判は五年の審理を経て昭和六十年四月に判決が言い渡されたが、判決の中で裁判所は、宮本委員長宅盗聴事件は北条会長の承認のもと、創価学会が行った組織的犯行だと認定した。
 その判決文には、北条氏の関与及び創価学会が行った数多くの盗聴行為が次のように認定されている。

 「被告山崎は、昭和四七年以降、学会ないし北条から資金等の提供を受け、被告廣野、同竹岡、同北林らを指揮して、少なくとも次の様な情報収集活動を行った。
 (ア)日達上人と浅井父子との、妙縁寺における会談の盗聴
 (イ)秋谷、原島、被告山崎と浅井父子らとの、常泉寺における七回にわたる対決討論の盗聴
 (ウ)妙信講に対する内部情報収集活動
 (エ)立正佼成会に対する内部情報収集活動
 (オ)学会と対立関係にあった松本勝彌に対する内部情報収集活動
 (カ)学会批判者の拠点である妙本寺おける内部情報収集活動
 (二) 仮に本件(宮本)電話盗聴が、被告山崎の独断によるものであるとすれば、北条ないし学会は、被告山崎に対し不信感を持つのが自然であると思われるのに、逆に本件電話盗聴発覚後も被告山崎の学会内部における活動を認め、情報収集、分析にあたらせていることは、北条ないし学会が被告山崎の本件電話盗聴を積極的に評価していたことを裏付けるに足りるものである」

 この判決を不服とした北条氏側は東京高裁に控訴したが、昭和六十三年四月、東京高裁は北条氏側の控訴を棄却。あらためて北条会長の関与を認定した。判決文には次のようにある。

 「本件電話盗聴が『寝耳に水』であったとの北条供述は、その際の北条の反応、事後処理の方法からしても、その後の山崎に対する扱い、処遇からしても、措信することができず、却って、北条の態度は、山崎から本件電話盗聴を事前に知らされ、これを了解していた者のそれとしてしか理解することができない」
 「北条以外の首脳が本件電話盗聴に関与したか否かはともあれ、北条が本件電話盗聴に関与したとの山崎供述の信用性は妨げられず、他に、以上の認定判断を覆すに足りる証拠はない」

 創価学会は、この東京高裁の判決を不服として最高裁に上告したが、週刊誌等の締め切りが終了した同年末、密かに上告を取り下げたため判決は確定した。だが、自ら上告を取り下げ、損害賠償を支払っておきながら、今日に至るも宮本氏、共産党側に謝罪していないことは前述のとおり。
 東京地裁、東京高裁の判決が認定しているように、創価学会は対立する人物や団体に対して、違法な盗聴行為を含む、さまざまな情報収集活動を続けてきたことは動かし難い歴史的事実なのである。
 今回、明らかにとなったNTTドコモの携帯電話の通信記録の盗み出しにいかなる背景があるかは、今後の捜査結果をまつしかないが、少なくとも自らを「人権と平和を世界精神にまで高める宗教団体」(平成十四年月二十九日/原田稔副理事長証言)とする創価学会には「盗聴」の二文字が色濃くつきまとっていることを、今回の事件はあらためて示したといえるだろう。

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2002年10月01日

創価大学職員らによる通話情報流出事件発覚

学会本体の体質を露呈!?
山田直樹

 危惧していた通りの事件が起きた。九月十三日、警視庁保安課に逮捕されたのは、創価大学学生課副課長・根津丈伸、同大学剣道部監督・田島稔、そしてNTTドコモ関連会社(ドコモ・システムズ)社員、嘉村英二の三人。
 警察発表によると、事件の概要はこうだ。田島容疑者が交際していた女性と、その知人男性の_浮気_を疑い、根津容疑者を介して、嘉村容疑者に女性ら二人の携帯電話通話記録の入手を依頼。嘉村は、派遣されていた東京・江東区のNTTドコモ情報システム部で、料金明細の端末を不正に操作して、二人のおよそ一カ月分の通話明細をプリントして、田島容疑者に渡したという電気通信事業法違反(通信の秘密侵害)の疑いである。
 読売新聞は第一報で大学名を伏せて記事化して、創価学会に気を使った様子が窺われるが、これ以外の一般紙にしても肝心の部分を書いていない。実は逮捕された三人、いずれもが創価学会員であるのだ。

 嘉村は創価大出身者。大学では情報システムを専攻していたという。田島は、元警視庁の巡査部長で九五年に創価大へスカウトされた。剣道の国際大会での優勝歴もある彼は、監督だけでなく学生寮の管理人も務めている。いわば率先して範を垂れるべき立場の人間だった。 ちなみに学会での役職は、大学地元の八王子市で地域の男子部主任部長である。また、田島の上司筋にあたる根津は、創価大十期生。全国副青年部長で第二総東京と呼ばれる東京・三多摩地域の副青年部長にある他、八王子地域の青年部長も務めている。さらに彼は、創価大出身者の同窓会である「創友会」の評議員でもあった。評議員は、創価大各期代表が務めている。たとえば根津の前、第九期代表の評議員は、池田大作創価学会名誉会長の三男・尊弘氏(学会副会長)といった具合である。
 こうした根津のような学会エリートが、創価大関係者を引き込んで、なぜ危ない橋を渡ったのだろうか。一般紙はおしなべて、ドコモの管理体制不備やチェック機能不全ばかりを問題視するが、果たしてそれだけか。

 根津にはもうひとつの顔がある。それは専ら、学会批判者の調査や攻撃を任務とするという「教宣部」に所属していること。事件そのものは、色恋沙汰から引き起こされたと見るのが妥当ではあろうが、嘉村はなぜそんな違法行為を断りきれなかったのだろう。そこに創価大や学会を媒介にした上下関係の"重さ"も見て取れよう。
 今回、田島容疑者が件の交際相手に通話明細を示して迫ったために、被害者はドコモへの相談を経て、警視庁に告訴して事件が公になった。逆に言えば、コッソリ通話明細を引き出すなど、いくらでも可能だったのかもしれぬ。現段階では、金銭の授受があったか否かははっきりしない。が、仮にそれが無かったとしても、別の意味で大問題だ。

 共産党宮本議長宅盗聴事件を引き合いに出すまでもなく、なぜ学会員にはこの手の事件が多いのか。最近の一例を挙げよう。八月二十八日、さいたま地裁川越支部で日蓮正宗僧侶に対する創価学会の名誉毀損裁判の判決が下った。原告側の五千万円の請求に関して、裁判所は五万円の支払いを認め、学会は鬼の首でも取ったかのような大騒ぎを機関紙で行った。が、判決の中で裁判所は、そもそも名誉毀損に当たる僧侶の発言は原告よりの人物が、盗聴・録音したものだと認定したのである。
 通信傍受法、いわゆる盗聴法に賛成したのは公明党だった。メディア規制三法も推進の立場である。その公明党の支持団体は創価学会だ。官界から民間企業まで、学会人脈はしっかり根を張っている。その中で起きたこの事件。NTT側は、記者会見でこう述べている。

 「誰が(端末機に)アクセスしたか、チェックしていなかった」
 つまり、これまで同様の行為があったとしてもノーチェックだった。一方、創価大学は聖教新聞紙上に「おわび」を掲載(九月十五日付)した。曰く、
 「大学としては調査委員会での調査をふまえ、厳正な処分をしていく所存です」
 こうした「おわび」こそ、一般紙に広告で掲載すべきだと筆者は考えるのだが。さてこの「調査」、もちろん公開していただけるのでしょうね。首を長くしてお待ちします。

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2002年07月01日

七・三大阪事件(池田大作選挙違反事件)の罪と罰

「末端会員切り捨て」で買い取った「池田無罪」
溝口 敦(ジャーナリスト)

 創価学会では初代会長・牧口常三郎、第二代会長・戸田城聖がともに戦前、治安維持法違反と神社に対する不敬罪で逮捕、投獄された歴史を持つ。中でも牧口はついに釈放されることなく、敗戦の前年、刑務所内で死亡した。いわゆる獄死であり、これにより戦前、創価学会は侵略戦争に反対して、壮絶な弾圧を招いたという「学会伝説」のもとをつくった(実際には侵略戦争や天皇制に反対したからではなく、それらをいっそう強化するため、その誤りをいましめる「国家諫暁」という立場を固執したため、当時の政府から弾圧を加えられた)。

 ブタ箱勾留を神聖な「法難」と祭り上げる

 他方、学会内で「大阪事件」と呼ばれる事件は、池田大作が公選法違反で逮捕され、大阪東署と大阪拘置所に十五日間勾留された一件を差す。いわゆるブタ箱入りであり、酔っ払って乗車拒否のタクシーを蹴っ飛ばすぐらいでも、間と運が悪ければ、あり得る事件である。
 勾留は刑ではない。警察署内の留置場(ブタ箱)と、れっきとした刑務所とは大いにちがう。勾留とは本来、刑が確定する前の被疑者・被告人の逃亡・証拠隠滅を防ぐために行われる「未決拘禁」であって、刑罰としての意味はまるでない。
 だが、池田はこの大阪事件に連累したことで、初代、第二代と続いた名誉ある「投獄・法難」を第三代会長である自分もまた受けたとして、池田自身の神聖化に活用し、自己顕彰の根拠にしている。
 その実態はどうだったのか、以下、検証してみよう。

 昭和三十二年(一九五七年)四月、参議院大阪地方区の補欠選挙が行われ、創価学会は船場支部長・中尾辰義を立候補させた。当時の学会本部の理事長・小泉隆と学会の渉外部長・池田大作らがこの選挙運動を指揮した。結果は落選だったが、大阪府警は六月二十九日に小泉を、七月四日には池田を「堂々と戸別訪問せよ。責任は私が負う」と会員に要請した疑いで逮捕し、七月二十九日、それぞれ起訴した。

 当時の新聞は次のように伝えている。

 「創価学会幹部四十五人起訴 ・大阪発・大阪地検は、去る四月行われた参議院大阪地方区補欠選挙での創価学会幹部らの公選法違反事件について、二十九日、同学会本部理事長、東京都議小泉隆(四八)・東京都大田区蒲田五ノ一一・ら四十五人を買収で(うち二人は略式起訴)、同渉外部長池田大作(二九)・同区調布小林町三八八・ら三人を戸別訪問で、それぞれ起訴した。起訴状によると、この選挙で、小泉理事長は主として"実弾作戦"を、池田渉外部長は戸別訪問をそれぞれ担当、現地で指揮に当たり、大阪、船場、松島、梅田、堺の五支部に『選挙係』を設け、府下六万信者のほとんどを戸別訪問に動員したもの。  投票数日前には"タバコ戦術"として職安十数カ所で、日雇労務者に候補者名を書いたピースなど約四千個をバラまいたという」(『朝日新聞』昭和三十二年七月二十九日夕刊)

 池田は大阪東署と大阪拘置所に十五日間勾留され、検事の言うがまま調書に署名し、七月十七日(小泉は十五日)保釈で出された。
 この間、創価学会は一連の事件を「大阪事件」と呼び、同会を「おとしいれようとして仕組まれた策謀」だとして、小泉、池田以外の、選挙運動に動員、起訴された創価学会員四十一人を十二日、戸田の命令で除名し、小泉、池田の即時釈放を要求する大会を十二日東京で、十七日大阪で開いた。  大阪大会には保釈で出された直後の池田も出席し、
 「大悪起れば、大善来たるとの、大聖人様の御金言の如く、私もさらに、より以上の祈りきった信心で皆様とともに広宣流布に邁進すると決心する次第であります」(『聖教新聞』昭和三十二年七月二十一日)と挨拶した。
 大阪事件では、翌三十三年小泉が無罪となり、四年後の三十七年一月に池田が禁固十月の求刑を受けたものの、検察側は公判で戸別訪問の指示を立証できず、無罪を判決されて解決した。池田が小泉に比べ長期の公判に耐えなければならなかったのは、勾留段階で池田が検事の調べに怯え、検事に迎合するような供述を行って署名したため、調書をひっくり返すに多くの困難があったからとも伝えられる。
 『聖教新聞』三十七年一月二十七日号は、公判の結果を報じて、
 「『大阪事件』に勝利の判決 無実の罪晴れる 裁かれた権力の横暴」と大きく見出しにうたったが、「勝利」は小泉や池田に限ったことで、他の会員にとってはそうでなかった。このとき、同時に池田以外の二十人の創価学会員に対しては戸別訪問で罰金一万円から三千円、うち十人に公民権停止三年、七人に同二年の判決が言い渡されている。
 見出しは彼らの存在を無視したものだった。戸田や池田は末端の会員を切り捨てることで池田の無罪を買い取ったともいえよう。創価学会には戸田時代から末端会員に対する非情さがある。
 が、どう強弁しようと、大阪事件の実態は、たかだか参院選の指揮に際し、池田が戸別訪問を指示、警察の把握するところとなり、ブタ箱に十五日間放り込まれた話以上のものではない。獄につながれた、投獄された、というのは有罪判決に基づく服役を意味し、勾留とは法的にまるで別物である。

 弾圧・投獄を怖れていた小市民・池田

 だが、池田は意図的にブタ箱と刑務所を混同し、池田自身が第三代会長に就いたことの根拠の一つに、この大阪事件を使っている。彼にとってはブタ箱入りが聖なる「法難」であり、女性スキャンダルで法廷に立った経験はあるものの、ブタ箱以上の経験はない。
 が、とはいえ、ブタ箱・法難説は後知恵で、当初、池田は当局の弾圧や投獄を怖がる小市民でしかなかった。投獄が名誉のしるしなど、本来の池田にとっては、とてもとてもの発想だったのだ。
 池田は昭和二十二年八月の入信だが、戸田は学会を戦後再発足させた後、早い時期に宗教学者の調査を受け入れ、池田にもインタビューに答えさせている(小口偉一『宗教と信仰の心理学』に所収)。
 それによれば、入信一年後、池田の心理は次のようなものだったと、池田自身が語っている。
 「それから一年は普通にやっていました。そのころはバチがこわかったのです。前の信者さんたちが牢獄へいったということが気になりました。全部の宗教に反対するから必然的に弾圧される。そのときはどうしようか、寝ても覚めても考え、やめるなら今のうちがよいと考えました」
 ここでは池田も創価学会が侵略戦争に反対したから政府の弾圧を招いたとは強弁していない。単にすべての宗教に反対したから(当時の創価教育学会は皇大神宮の神札を祀って拝むことを拒否した。末法の世、伊勢神宮には魔物しか住まない。神札の受け入れは謗法の行為に当たるというのが牧口の考え)と語っている。
 しかも理由はどうあれ、戦前、当局の弾圧を招いたこと自体が恐ろしく、やめるなら今のうちがよいと、意気地なくホンネを洩らしている。指導性はもちろん、見識、勇気、思想性といったものに、一切無縁な存在が池田だった。
 だが、池田は後に同じことを次のように言い換え、創価学会と池田自身の修飾につとめる。
 「戦後戸田会長に会ったときも、この人は戦争に反対して二年間も、牢に入っていた、この人のいうことならば、わたしは信じてついていってもまちがいはないと、と思ったのです」(『文芸春秋』昭和四十三年二月号)
 ご都合主義の極みだが、しまいには創価学会 ナ聖性を証明するとされる『法難』を一手に我がものにしたいとさえ、池田は願うようになる。災難を受けることが正しさの証明であるかぎり、災難を受ける資格は池田だけが持つことであって、他の幹部が災難を受けることは許し難いといった逆転した感覚である。

 創価学会の本部職員が次のエピソードを紹介する。
 「昭和四十六年九月、当時の竹入義勝公明党委員長が党本部前で暴漢に刺され、重傷を負う事件がありました。本来なら『名誉ある法難』とされるところ、新聞(特に政治面)が大々的に報じたものだから、池田さんは『竹入のやつ、たいしたケガでもないのに大げさに入院しやがって』と、ご機嫌斜め、しばらくは竹入夫人が挨拶に行ってもそっぽを向いていたそうです」
 外部社会にはきわめて分かりにくい。災難を受けることは創価学会にあって、ある面、その人間の正しさの証明である。竹入義勝が暴漢に襲われたのは竹入の正しさの証明であり、さらにいえば竹入の大物性、指導性の証明になる。池田は竹入が誰がみても不当・不法というしかない形で暴漢に襲われ、ゆえなく負傷し、同情的に大きく報道されることにかぎりない嫉妬を覚えた。池田は移動する際、十重二十重にボディガードに身辺を囲ませ、暴漢に襲われたくとも襲われる隙がない。

 日蓮は鎌倉幕府に、正法をもって国政の元とすべきことを説いて、幕府や他の宗派からの弾圧・迫害を招いた。伊豆流罪、小松原法難、龍ノ口法難、佐渡流罪などがそれだが、「いま日蓮」の名を願う池田は法難によりわが身の正しさと正統性を証明したい。だが素材に窮して、まことに卑小な「大阪事件ブタ箱入り」の活用に行き着いたというべきかもしれない。その心根は哀れである。 (文中敬称略)

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